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I.はじめに
精神分裂病の内分泌学的研究は長い歴史を持っている。それは屈折した,日の当らない道のりであった。その理由は精神分裂病が内分泌疾患ではないことに由来する。
精神分裂病が思春期に多発することは,性腺をはじめとする内分泌腺の活動が何らかの形で発病機制に関与することを暗示する。Kraepelinはその教科書の第5版において,早発痴呆を粘液水腫,クレチニスムスと並べて代謝疾患に含めた。しかし後にKraepelinはいう6)。「私もまた性器内の過程が早発痴呆とあるいは何処かで多少とも関連をもつものではないか,という考えを述べたことがある。しかしこの考えを証明する所見は何処にも見当らなかったことを強調しなければならない」。
それでも精神疾患の内分泌学的研究は絶えまなく続けられてきた。それはホルモンの動きが,内分泌機能とともに,それにまつわるさまざまな生体機能を表現するからであるといってよいであろう。それはKraepelinが最後まで精神分裂病に存在すると信じた,「ときには潜行性に生じ,ときには嵐のように襲う自家中毒6)」の端的な表現であるかもしれない。またそれは生体に加えられたストレスの指標であるかもしれない。また生体が体験する不安や怒りなどの情動変化も,その動きに反映されるかもしれない。また末梢ホルモンの分泌が中枢神経系の神経細胞から産生される神経ペプタイド(放出および抑制ホルモン)に支配されることから,逆に末梢ホルモンの動きによって中枢神経系の機能が或る程度察知できるかもしれない。あるいはそれは,神経ペプタイドの放出にかかわる脳内モノアミン活性を反映することがあるかもしれない。したがって極端な言い方をすると,精神分裂病の内分泌学的研究は,内分泌学的研究であって内分泌学的研究ではない,ホルモンを道具に使って精神分裂病に関連する生体の機能をひろく推し測ろうとする研究である,ということもできるのである。
われわれの教室ではほぼ4半世紀にわたって,「情動の精神生理学的研究」を中心とする生化学的研究を続けてきたが17,21),ふりかえってみると初期には糖質代謝や水分代謝,次いでさまざまな指標を用いた自律神経および内分泌機能の検索が行なわれ,やがて脳内のモノアミンあるいは酵素活性の測定に重点が移った。しかしわれわれとしては特に途中で方針が変ったという感じもなく,いずれも内分泌と関連の深い仕事と考えているのは,このような理由からである。
その研究所見については,最近,本誌の創刊20周年記念特集に「内分泌学的研究」24)と題して概要を報告した。再び本文の依頼を受けたので,前報とは異なった視点から検討を加えることにするが,なおかなりの重複は避けられない。御諒承と御寛恕をお願いする次第である。
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