Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
I.はじめに
大学生は年齢からいえば青年後期にあたり,ひとりの人間として自立していく過程にある。一方,彼らは大学という制度に規定されている青年の集団でもあって,大学という特定の社会的状況へと適応しつつモラトリアムの時期を送らねばならない。
ところでわが国では戦後,盛んな教育熱とあいまって大学の数と規模の著しい増大があり,いわゆる大学の「大衆化」現象が生じている。こうした状況で大学生活に適応することは,種々な困難が伴うと考えられる。最近における大学生の留年者や休退学者の著しい増加,勉学障害などは,それを反映した現象であろう。これらの問題は一部ジャーナリズムでもとりあげられたが,われわれ精神科医にとってもactualな問題であり,今後,大学精神医学への要請がしだいに高まっていくことは容易に想像されることである。
さて大学精神医学の課題の中心が精神障害学生の診断,治療にあることはいうまでもないが,その対象はさらに全大学人の精神障害の疫学や予防にまで及び,またそれらを実践するためには大学管理の方法や機構の問題ともかかわり,きわめて広い範囲にわたっている。したがってDörner, K. の言うように16),大学精神医学を,大学制度に関連する社会精神医学の一つの特殊な形態として定義することが妥当であろう。
以下,大学精神医学の主要な問題について展望をすすめることにしたいが,各国,各大学でそれぞれ事情が異なり,またアプローチする理論的背景の違いもあって,多面的な様相を呈し,共通な視点で論ずることが難しいことをあらかじめ述べておきたい。
まず大学生に精神障害の急激な増加がみられるかという疑問が生ずるが,それを裏付けるような事実は知られていない。米国では学生が来談する頻度は30数年間ほぼ同じであるという82)。また大学生の間にどのくらいの障害学生がいるかということについてもまだ確実なことはわかっていない。米国では全大学生の10%は情緒的葛藤を持ち,その解決に専門的援助が必要であるということは広く受け入れられている19)。たとえば米国の大学を代表するハーバード大学の過去10年間の経験によれば,毎年全学生の8〜9%が精神医学的サービスを求めたという。そのほかいくつかの報告があるが,欧米ではおよそ少なく見積もって10〜15%という数字が一致する見解ではないかと思われる28,93)。これにsubclinicalな者まで含めるとさらに大きな数となろう。Smith, W. H. は12%の臨床的な障害者のほかに30%のsubclinicalな者がいると述べている16)。
わが国では,同様に受診者数によると東大では全入学者の4%強(昭和37年以降の入学者で保健センターで診療・アフター・ケアを受けた学生,昭和42年3月現在)39),京大では1.7%(昭和33年)という数が報告されている30)。いずれも欧米に比べ低い率となっているが,これは精神衛生的な風土やそのサービスの方法の違いによるものであろう。わが国では大学の精神衛生というと,精神健康面で問題のある学生の選別(スクリーニング)に関心が集中しているようなので,この問題から取り上げることにしたい。
Copyright © 1979, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.