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Ⅰ.まえがき
性愛体験が分裂病圏の病態の発症にいわゆる心因的に作用したと思われる場合のあることはよく知られており,日常の臨床においてしばしばみられるところである。そのなかには単に発病に前駆したというだけで,発病後の病像の内容とはならないような性愛体験もあるが,しばしば発症に先立つそれは,病像の内容となるとともにその形式をも規定する。その意味でかかる現象は妄想論上興味深い課題であり,その精神病理学的研究はClérambault2)以来数多い。しかしながら一口に恋愛妄想といっても多様多彩であって,現実には容易に整理しがたい。例えば実現性のうすい恋愛を主題とするErotomanie pure(Clérambault)などに我々はめったに出会わない。多くの場合むしろ身近かな異性を対象とする症例である。最近,Pauleikhoff17)は20代以前,20代,30代というように年齢区分によって考察を加えているが,これも恋愛妄想の多様性のためといえよう。たしかに青年と中年と恋愛妄想は特徴を異にする。しかし同じ青年期であっても男女の場合の差も注目されてよいだろう。Pauleikhoffは恋愛妄想は元来女性のものであり,男性例は例外的にしかないといっている。これは欧米の諸家が一致して認めるところだが,わが国の臨床では男性例は必ずしも少なくない。大学生の精神衛生にかかわっている経験からしても,そのことははっきりいえる。
要するに,恋愛を起始とし,おおむねそれのみを内容とする妄想状態には一概に論じられぬ多様さがある。その整理のためにはいくつかのアプローチが考えられようが,ここでは青年男女の分裂病例をそれぞれ1例ずつあげ,若干の考察をこころみたい。
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