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今日まで頭蓋外傷後の妄想形成について2つの形式がとくに注意を払われてきた。判断錯誤の群は重症の急性脳震盪性精神病の初期段階に存在し,譫妄性体験,中でもコルサコフ症候群に近い関連がある。たとえば,部分的にだが,妄想的執拗さで週余にわたり保持される場面の誤認が存在し,最も近い過去の体験材料が全体として故郷の環境の中での昔の生涯の一時期に移される。もう一つは完全に別の状態だが,災害神経症の例の特殊形として同様によく知られており,この場合は軽度の頭蓋外傷が器質的脳損傷として直接的に作用するのではなく,精神的体験として作用しつづけ,補償の支払いの時点で感情誘因的に加工され,無為で心気的な妄想複合体,または好訴性精神病の出発点となり得るのである。
ここではこの2つについては議論するつもりはない。我々はむしろ次のような状況に注目する。すなわち,重症の脳外傷後(それが震盪であろうと創傷であろうと)すべての急性症状が消退した後に,外傷性脳衰弱の慢性後遺状態が残留する。このことが真実であることは,我々の症例において,び漫性の精神的変化と並んで個別に限定された脳器質性後遺症状もまた持続する事実によって証明される。この外傷性脳衰弱という新しく作りだされた精神状態像は,どの程度までそれが後の妄想形成の基礎であるか,すなわち後の人生の経過の中でその所有者に新しい体験刺激が作用し,その体験刺激が,彼の器質的要素とでも,精神的要素とでもなく,脳外傷そのものと何らかのかかわりを持つ場合に,彼をどの程度まで妄想化させるかということを我々は考察しよう。要するに,器質的脳衰弱が後の心因性妄想形成に対する条件の一つになる場合である。器質的原因と精神的原因との密接な絡み合いは,この問題設定にとって理論的に興味をひくことである。この問題設定は,近年しばしば精神分裂病学説によってむしかえされている考え方に近いが,我々の研究対象に則してとくに明らかにされることである。というのは,ここでは個々の因果の糸,すなわち精神的なものと脳的なものとが,はっきりと区別されているからである。我々はそのさい,ただ単に外傷により形作られた脳状態と,後に喚起された精神的体験のみを考察するのではなく,性格素因もまた考慮に入れる。このことによって,この3つの要素間の因果的交互作用が,我々の知識をより豊富にすることが可能になるのである。
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