巻頭言
精神医学と精神科医
大月 三郎
1
1岡山大学医学部神経精神医学教室
pp.1134-1135
発行日 1973年11月15日
Published Date 1973/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405202095
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分裂病で症状がとれてきてそろそろ退院をすすめる時期になって「家の仕事は農業です」という返事が返ってきた時には,何かほっとしたような気持ちになる。農業なら何かしら働く場があるだろうし,家もある程度の広さを持っていて患者が住める余地があるだろうと思うからである。私は障害年金の認定の関係で,農山村に出掛けて行って医療をまったく受けていない精神病者を宅診する機会をしばしば持ったが,そのうちで特に印象に残った例につぎのようなものがある。
第一例は30歳過ぎの男性で,この10年くらい一言も発したことがないという。服装はまず人なみの野良着をつけていて栄養状態もよく特に目立つことはない。日中はほとんど毎日鍬をかついで畑を耕やしたり,鎌を持って山へ行く。その仕事ぶりは収獲を上げたり,薪を集めるという目的にかなっているわけではなく,ともかく気ままにやっている。表情には悲しみもなく,喜びもなく,警戒的なところもなく,まるで空気のように淡々としている。診察が終わるとさっさと鍬をかついで出掛けてしまった。病気が始まったころには,幻覚・妄想,不穏状態がしばらく続いたが,その後はずっと今と同じだと家人は言う。
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