巻頭言
精神科医は行動する
野田 文隆
1
1大正大学人間学部
pp.228-229
発行日 2003年3月15日
Published Date 2003/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405100852
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もう半世紀近くも昔の話になるが,若く気鋭の批評家江藤淳が「作家は行動する」という論評を書き,その作品を契機に作家の社会参加のあり方が問われた時代があった。
江藤淳は「作家たちはことばによって行為するというほかならぬそのことによって,ある深刻な困難に身をさらしている」と述べ,「世界とわれわれのあいだにはぬくことのできない障害がよこたわっている。その故にこそ,彼らは書くのであって,文学作品のもつ意味は,そのなかで,作者と読者とがともにこの障害―世界のただなかにいながら世界が見えず,現実のなかで行動しながら現実をはなれるという背理性をのりこえようとするところにあるにちがいない」〔作家は行動する.江藤淳著作集第5巻(全6巻),講談社,1967より〕と,作家の「行動」は書くことを通じてのみ達成されることを強調した。これは作家も政治的に立ち上がらなければいけないという時代の風潮へのクリティシズムでもあった。
精神医療を考えるとき,半世紀経ていてもこの江藤淳の提起は新鮮に思われる。一体精神科医が行動するとはどういうことなのであろうか。文学者が文学に専念するように,精神科医は日々の精神医療に専念することで「行動」できるのであろうか。しかし,それだけはぬきがたい困難が精神科医のまわりを取り巻いているように思える。その困難は医師対患者関係,つまり診察室内の問題から,精神医療のあり方,社会の構造,政治という診察室外の問題まで多層なレベルにわたっている。
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