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社会精神医学特集第2回の巻頭言を書くように依頼されたが,私はもともとこの企画に参加してはいないので,全体を鳥瞰し解説する序論のようなものを書くことはできない。ただ前以てゲラ刷りを読ませていただいたので,私の感想めいたものをのべてみよう。まず非常に感覚的な印象からのべると,全体を読み通してあまり爽やかな気持にはなれなかった。これは個々の論文についてのことではない。個々の論文に関する限り,現在の社会変動の実態とか,それと関連しての精神医学的知見,またそれについての諸家の説などいろいろ教えられる点が少なくなかった。しかし私の不満をいわせて貰えれば,ここには社会変動にどう対処するかという精神医学的方法の明示がない。精神科医としての行動のプログラムがない。したがってまたそのようなプログラムによって行動した場合得られるはずの臨床的実証的資料もない。ただその代りに聞えて来るものは,「こうあらねばならぬ」「これでいいのであろうか」という掛け声だけである,この掛け声と入り交って各種各様の情報が提供されるので,私などはいささか目まいを感じたといっても過言でないほどである。
実は同じような印象は第1回の特集を読んだ時にも私は持った。第1回のテーマは「社会のなかの精神科医」と題されていて,そこではこれまでの精神科医の姿勢が問われかつ反省されていたのであるが,しかしその結果精神科医として何をなすべきかという目標が強く打ち出されたかというと,必ずしもそうではなかったからである。私自身この時は,「医療危機と精神科医のidentity crisis」と題された座談会の司会を任されていて,言いようのない深い挫折感を感じたことを思い出す。もちろんそれは私個人の責任でもある。そんなわけで今回の特集においては何かすかっとした,これこそ社会精神医学実践のモデルといえるようなものに出くわしはしないかとひそかに期待したのだが,それはやはり無理な注文だったようである,そしてその原因はといえば私はやはり,精神科医の固有な仕事は何かという根本的な問題にわれわれが躓いているためではないか,と思われてならないのである。
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