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精神医学的疫学psychiatric epidemiologyという言葉は,欧米では大体定着してきているが,日本ではまだ"病だれ"の疫という字からくる印象が妨げになっているように思われる。今回の特集のテーマが「精神障害者の動態」となったのもそのへんのいきさつを反映している。また疫学という方法論がかつて行なわれた一斉調査などによる発生率や有病率の測定に重点を置いているかのような印象を与えている。ことに医療福祉教育などのサービスを伴わない疫学調査は,調査自体が一般大象から受けいれられないばかりでなく,事例発見や診断の点などに多くの欠陥をもち,その結果得られた発生率や有病率自体の信憑性に問題をもつことになるのである。つまり,一斉調査法の大きな欠点は,短期間に事例発見を行なわざるをえず,その主な数値は聞き込みなどの情報に頼らざるをえない。したがって農漁村の固定した伝統的村落共同体では情報量が多く信憑性も高いが,アノミー的大都会では情報量に乏しく信憑性も低いため,前者の有病率が高く出るという結果をもたらすのが常である。したがってソ連のような社会主義国でも一斉調査法は行なわれておらず,メレコフMelekovのような社会精神医学者も,正しい有病率を得るには少なくとも7年以上の積極的な地域精神医療サービスが不可欠であるとしており,実際に地方農村のディスパンセールでも,低い把握率をむりに広げようとせず,サービスを通じてのみ把握している。
筆者はこの疫学的な事例発見の問題を,疾病性illnessと事例性casenessとのちがいという言葉で説明したのであるが,現在ではこれを一歩進めて最初のケアprimary careの問題と考えている。つまり,誰が誰によって何故,どういうケア(医療とは限らない)を受けたかという分析である。事例性という意味には2つあって,1つはLei-ghtonなどのいうように,疾病のなかでその重さをはかる事例性という意味と,疾病であると否とを問わず,症例とされた諸要因の特性という意味とがある。筆者は後者の意味での事例性を問題にしたのであったが,これを実際に分析していくと,最初のケアは何かという問題にぶつかる。これを医療全般とするか,精神医療に限るか,精神科医のケアとするか,精神病院のケアとするか,さまざまの段階があり,さらに家庭,職場,学校と広げていけば限りがない。精神科外来・入院としぼっても,なぜ外来患者,入院患者となったかの分析が充分に行なわれねばならない。しかもそれは最初のケアにさかのぼる必要が生じてくる。ただしこの「最初の」という意味をどこに置くかも問題になる。
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