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この特集は昭和45年以来続けられてきた「社会精神医学」の第5集となっている。土居さんに代って編集委員になられた荻野さんと相談の上,今度の執筆者になって頂いた2〜3の方々と話し合った結果,「精神医学における日本的特性」という古くて新しいテーマが選ばれることになった。そして,この考えの裏づけとなるトランスカルチュラル精神医学の概念をめぐって,荻野氏他の力作がのせられ,この概念についての座談会には,人類学の中根さんと心理学の河合さん,精神医学から木村氏,逸見氏のご出席を願った。
特集の日本的特性について,いろいろな意見が出たが,大別して精神療法における特性と治療状況に関連する特性の2つの領域に分けることになった。前者については,他の雑誌でも取り上げているが,ここでは森田療法,内観治療,精神分析療法および人間学的心理療法の日本的特性をめぐって,永年おのおのの療法を続けてきた4人の執筆者の最近の考え方を,特にトランスカルチュラルな観点から書いて頂いた。したがって精神療法における特異性と普遍性の問題が中心になっており,近藤氏は森田療法の普遍性を強調し,村瀬氏は「素直さ」をめぐって内観治療の文化拘束性と普遍性について述べている。東洋的精神療法の代表とされる森田療法と内観治療の国際的,文化的普遍性が述べられたことは,岩崎氏が日本における精神分析療法の発展について,教育制度や治療構造の差を指摘し,特に日木人の退行強調傾向に注目していることとともに,文化的差異を越えての普遍性を主張していることが興味を惹く。特に霜山氏の論文は,日本的特性として「タテ社会」や「甘え」といったキーワードによって割り切ることの問題点を指摘しつつ,むしろ稀有ではあるが特性的なものとの関わりをもつ症例からの発想を重要視している。そこでは治療者自身が体験したある女性患者の特異な状況が述べられている。この患者は冷たい人間関係の中で愛情を拒み続けてきたが,治療者の温かさに出会った時,希死の念慮を生じている。論者はこれをソ連における強制収容所における自殺例の記録と対比しており,このような稀有な症例に対する反応が文化的に異なることを重視している。ここから源氏物語に示されるサナトス志向性や,死の三人称化による希死思想へと連がっていく発想は,極めて魅力的である。
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