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I.はじめに
ここ数年ないし10年来,transcultural psychiatryの領域に属する業績が,急速に増えてきていることは,英語圏とヨーロッパ大陸とを問わず,世界的な潮流のようにみえる。1966年9月に行なわれた第4回国際精神医学会において初めてtranscultural psychiatryがシンポジウムでとりあげられて,Zutt23)のようなverstehende Anthropologieの立場の学者や,Ellenberger4)のような多方面の精神医学的業績をもつ人たちが,演題発表や討論に加わっていたことも,われわれの記憶にのこっていることであるし,また来年秋メキシコで行なわれる第5回国際精神医学会においても,ふたたびtranscultural psychiatryが,シンポジウムの主題の一つに選ばれているようである。さらにこの領域の業績の特徴の一つは,ここ数年のZentral bl. f. g. N. u. P. に目を通しただけでもすぐにわかることであるが,諸論文の精神医学的対象は,アフリカの多くの地域(エチオピア,アルジェリア,ナイジェリアなど),近東諸国,インド,インドネシア,台湾,日本,ポリネシア(ハワイ,タヒチなど),メラネシア(ニューギニアなど),オーストラリア,ニュージーランド,アメリカ・インディアンなど,世界のあらゆる国ぐにや地域にわたっているということである。そしてこのように新しい精神医学的動向が,ごくわずか数年のうちに急速に顕著になってきた最大の理由は,Collomb, H. がマドリッドの学会で述べたように3),とりわけ欧米の精神医学者たちが最近になって,ヨーロッパ文化と異質な,あるいは非常に異なる文化のなかで発生する精神疾患の様態について,真剣な関心を示すようになったからであろう。この理由については,次節で論じることにする。
だが他方,transcultural psychiatryを,Wittkower, E. D. に倣って「少なくとも2つ以上の文化圏のあいだの精神医学的諸観察の比較」と考えるかぎり22),Ellenbergerがすでに述べているように4),transcultural psychiatryは,現代の正統精神医学体系を創りあげたKraepelin, E. のvergleichende Psychiatrie13)にまでさかのぼらなければならないし,またわが国の精神医学者として,内村祐之の戦前のすぐれた研究,「アイヌの比較精神医学」20)を忘れることもできないであろう。
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