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Ⅰ.心神喪失および心神耗弱
刑法第39条に,「心神喪失者の行為は之を罰せず,心神耗弱者の行為は其刑を減刑す」と規定されている。心神喪失と心神耗弱はともに法律用語といわれている。しかし,これらの語は本法制定のとき,すでに,法律用語として用いられていたのであろうか。または,外国語の翻訳であろうか。心神喪失はフランス刑法(1810年制定)のdémenceの訳であるといわれる。Démenceすなわちラテン語のdementiaは精神科では痴呆と訳されているが,私はこれを適訳と思うし異議をはさむものでない。こんにち,dementiaは世界各国でほぼ,後天的脳障害による高度の二次的知能障害の意に用いられているようであるが,歴史的に見ると,国により時代によりさまざまに用いられた。17世紀にはdementiaがdeliriumと同義に用いられ,また,精神病と同義に用いられた時代もあつた。フランスでは,古くPinelがla démenceを一種の精神病と記載したが,後,多くの精神病に用いられるようになつた(les démences)。Esquirolは治癒可能な急性のdénenceと時に治りうる慢性のdémenceを分けた。démenceを治癒不能なaffaiblissement mental définitifとフランスで考えるようになつたのはGeorget(1820)に始まるといわれる。démence(=ラテン語のdementia)の言葉そのものは,dé=deは離れる,脱する,mence=mentiaは「精神の(mensの)」であるので,「精神の脱失」すなわち,「心神喪失」のほうが痴呆より原語に近い。フランス刑法第64条はつぎのごとくである。
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