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世界の精神医学界のおそらく最年長の世代に属しながら,つねにその最先端をあゆみつづけてきたスイスの精神科医Ludwig Binswangerが去る2月5日ついに85歳で永眠された。この数年間にH. W. Gruhle,W. Mayer-Gross,C. G. Jung,E. Kretschmerら老世代の代表的精神医学者の死を見送つたわれわれは,いままたここに,かれらに勝るとも劣らぬ輝かしい星が眼前から消えていくのを見とめた。すでに10年まえの1956年,Binswangerはそれまで45年間にわたつてつづけてきた精神病院の院長の地位を息子のWolfgangにゆずつて,研究面ではともかく,少なくとも診療の面では第一線をしりぞいており,さらに最近の数年間は訪問者をもなるべく避けてひたすら静養を心がけておられたことは,かねて耳にしていたが,今回,未亡人からの思いがけない訃報に接して,かれの傑出した生涯がついにここに完結したという感慨をいだくと同時に,巨大な人物の残した欠落のあとをいまさらのように惜しまないわけにはいかなかつた。このあとは,ほかのだれによつても埋められるものではない。
かれがこんにちまでにあらわした数々の著作やヨーロッパの各地で行なつた多くの講演から明瞭に感じとれるところの,該博な人文的教養の広さ,衰えを見せぬ明晰な思考力,安定して旺盛な生産性,そしてなによりも,60年にわたつて精神病者とともにすごした臨床的経験の厚み……,これらのどのひとつをとつてみても余人のよく比肩しうるところではないが,Binswangerの場合には,それらが85歳というながい生涯にわたつて堅実に積みあげられ,その不偏の累積と統合から豊かな業績がみのつていつた。生物学的長寿のみでなく,学問的長寿をも全うして,両者のみごとな調和をわれわれに示してくれた点で,かれほど顕著な例はない。
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