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Ⅰ.まえがき
うつ病の治療法として従来用いられてきた電気衝撃療法や持続睡眠療法は,最近いちじるしい発展を示している薬物療法にその座をゆずろうとしているようにみえる。いわゆる抗うつ剤AntidepressantとしてはAmphetamine,Pipradrol,Methylphenldate,Cafilonなどの中枢神経刺激剤,Acetylcholineの前躯物質である2-Dimethylaminoethanol(DMAE),Imipramineなどがあげられる。ここに報告するJB 516(Catron)も一応中枢神経刺激剤と考えられているが,従来のものとは中枢神経系におよぼす作用を異にしている。
このものは,脳内のMonoaminoxidase(MAO)阻害作用により,二次的に脳内Serotonin,Noradrenaline量を増加せしめ,したがつて体外より与えられた刺激剤とは異つてより生理的な精神賦活作用を有するといわれる。MAO阻害剤としてはかつてIproniazid(Marsilid)がうつ病治療に用いられ,ある程度の臨床効果をおさめたが,肝に対する不快な副作用のために臨床的に十分な検討を経ないままに使用が中止されたのは周知のとおりである。CatronはIproniazidよりも脳・血液関門を通過しやすく,また肝に対する副作用が少く,脳のMAO阻害作用はIproniazidの30〜50倍強いといわれている。MAO阻害剤はほかの抗うつ剤と異つてその脳内作用機構が明らかであるため,単にうつ病治療剤としてのみでなく,うつ病ないしうつ状態の病態をさぐるうえにも有意義な薬剤と思われる。われわれは中外製薬よりCatron試供品をえたので,昨年9月以来,抑うつ状態を主とする精神疾患に使用し,その効果を検討した。われわれの検索の目的は,第1にCatronの精神状態におよぼす影響を明らかにし,第2に本剤がうつ病のいかなる症状,いかなる状態像に有効であるかを調べることである。薬剤の効果をみる場合に,成因の異なるうつ病を一括してその何%に有効であるかというだけでは,その薬剤を真に治療に活用せしめるうえの示標とはなしがたい。種々の抗うつ剤が発見されている現状においては,それぞれの薬剤の作用の特長と適応を知ることが,もつとも重要と考えられる。
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