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医学部を卒業し,専門分野として神経精神医学を選んで25年が過ぎた。精神科と結婚したと考えれば銀婚式にあたる。銀婚式は,明治27年に明治天皇がそのお祝いをしたのをきっかけに一般家庭でも習慣化したものだというが,銀婚式を迎える夫婦では子どももそろそろ独立に向かい夫婦で新たな歩みを考える,そんな一つの節目の時期とされる。
筆者の神経精神科医歴25年を振り返ってみると,入局し最初は統合失調症やうつ病などの精神疾患に加え,てんかんや神経梅毒,変性疾患などを担当し臨床研鑽を積んだ。大学院に行くことになり,当時切池信夫講師(現名誉教授)の取組んでおられた摂食障害研究に興味を持った。国内でまだ珍しかった摂食障害専門外来につかせていただきながら,女性のダイエットはよくあることなのに,なぜ病気にまでなる人とならない人がいるのだろう,価値観や意志の強さも含めた性格傾向によるのだろうか,生物学的な違い(素因)が影響しているのではないかなどと考えた。そしてダイエット(制限給餌)の生物学的影響の解明に挑戦しよう,できれば摂食障害の動物モデルを作ってみたいと思った。当時はラットやマウスを屠殺して脳を取り出し,核酸を解析する手法が主流であったが,活動しているラット脳内から直接神経伝達物質を測定するマイクロダイアリシス法(脳内微小透析法)などの技術が開発されそれを利用した。臨床における病態を常に念頭に置きながら,ラットにさまざまなダイエット(制限給餌)を加え,さらにストレスを加えるなどして摂食行動や不安関連行動などに変化を生じさせ,脳内モノアミンの変化などを測定し,過食症の症状モデルを提唱したりもした。これら経験は今でも疾患の病態機序の理解につながり,薬物選択を考える時などに役に立っている。その後摂食障害の症状形成に依存症同様の心理学的,生物学的機序が存在する可能性を探っていたところ,薬物依存症を研究している米国の研究所で食行動における依存症関連行動の生物学的基盤を解明する多施設共同国際プロジェクト(主に肥満症対策の意味合いが大きい)が立ち上がることになり参加させてもらったが,これは臨床知見をふまえた動物実験を行ってきた経験を買われたものであった。産業精神医学分野にはワーカーホリック(仕事依存症)という言葉があるように,労働者の気分障害には依存症的心性が関連していると考えられるが,15年ほど前から同分野に興味を持ち,これら患者に摂食障害や薬物依存症と類似の治療的アプローチ(認知行動療法など)を試みるようになった。向精神薬の進歩などにより旧来の精神疾患の軽症化や外来治療化が進み,それとともに摂食障害や産業精神医学に注目が集まるなど,こうして振り返ってみるとこの25年間で精神医学そのものにもかなり変化があったように思う。そのなかで,臨床知見をふまえた基礎的研究の経験は,時代や文化とともに移り変わる精神障害病像においても,基本的な病態理解や治療法の選択などに幅広く役立っている。
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