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現代の精神医学の臨床において,薬物療法は不可欠かつ重要な治療手段であることは疑う余地がないだろう。これまでにも多くの精神科薬物療法に関するテキストが刊行されているが,本書もそうしたカテゴリーの著作である。内容は,主要な病態とその治療に関連する薬剤について神経生物学的基盤と臨床適応の両面から論述されているが,「副作用」という側面からも積極的な議論が展開され,現代の精神科薬物療法をめぐる複合的な課題が浮き彫りにされている。
原題「Psychiatric Drugs Explained」のとおり,著者の豊富な経験や綿密な文献的考察を含めたていねいな論説は,各薬剤を臨床で実際に処方する際にも有益な示唆に富んでいる。しかし,本書は一般の精神薬理学の書物とニュアンスを異にしている。それは狭義の医学的論述にとどまらず,薬物療法を取り巻く社会的背景や医薬品マーケティングに関連する問題など,学術書ではあまり着目されることがない視点からも検討が加えられている点である。そうした意味では,他に類書をみないかもしれない。趨勢を極める薬物療法の背景に潜む多様な要因に対して批判的論説を試みながら,精神医学における薬物療法の意味をとらえ直そうとするスタンスが明確に読み取れる。たとえば,薬剤の効果を論ずる際に,化学的メッセージと心理学的メッセージの意味を混同して解釈することへの危惧や,病像の改善の評価は薬物の効果だけでなく,本来人間に備わっている自然対処能力についても留意すべきであるという提言など,薬物治療の意義と限界について再考を促す指摘も少なくない。また,SSRIなどの「抗うつ薬」の適用頻度の拡大と自殺率との関連についての議論など,日本でも社会的なレベルでの問題となっている自殺死亡率の増加との関連を考えるうえでも重要な意味を持っている。
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