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はじめに
高齢者の不安の有病率に関する調査によれば,不安は若年より高く,身体的不安を訴えることが多く,女性に多いことが知られている。しかし,神経症,身体表現性障害,うつ病の診断基準を満たすものは,若年より下回る結果となっている。高齢者の不安は,退職,子どもの死,配偶者の死などの喪失体験に基づくことが多く,修復不可能な喪失体験が不安や身体的訴えを遷延させたり,回復困難にさせている。高齢者のストレスへの反応上の問題点については,心身の抵抗性減弱,情動反応の拡大,心理的不安定さなどが挙げられる。
高齢者とのコミュニケーションのあり方は,治療関係や精神科治療そのものに大きな影響を与えるものであり,心理的,感情疎通が伴うことにより効果が高まる,と考えられる。
高齢者のコミニュケーションの困難さについては,社会的に孤立してしまう,うつ病や認知症に罹患する,身体疾患による入院などによる隔離状態,難聴,視力障害,言語表出などが関与すると思われる。
多くの高齢者は健康でありたい,若くありたいと願いつつも,加齢に伴う身体的心理的ストレスに直面し適応せざるを得ないのが現実であり,その適応過程で生じる葛藤が強かったり,容易に受け入れられない状況が起きたりしている場合には,情緒的なレベルでは収まらず,神経症的な症状が出現しやすい。高齢者は,自分が見捨てられた人として行動できないので,年老いてもなお若さのためにあるいは若さに対抗して戦い続ける。このような心理的背景を持った老年期の神経症に薬物療法のみが有効とは言い難いのは当然なことであり,治療者や家族,介護者にはこの老年期に直面するストレスやそこで生じる葛藤を高齢者が心の内面で抱えられるようにする,または周囲の者が本人を外側から支えるための心理的援助が求められる。高齢者の心身の状態を健やかに保ち,保持している日常生活上の機能を最大限にまで広げる意味での心理社会的アプローチは重要であり,特に医療場面における高齢者とのコミュニケーションのあり方は治療関係や精神治療そのものに大きな影響を与えるものである。このように神経症水準の高齢患者に対する治療的コミュニケーションはその治療の中核を担うものとして重要であるが,認知症などの他の疾患においても人生の終末期という難しい局面にある高齢者との対話は重要な意味を持っている。
本稿では老年期のライフサイクルや心理的特徴から見た心理的課題や精神疾患に注目しながら,全人的な理解を行うために必要な基本的理解と治療的コミュニケーションの方法について示し,精神医療において高齢患者の心理的症状の意味を,ひいては高齢者の人生をひも解いていくことの重要性について検討する。
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