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精神医療の現状はかつて「牧畜業」と揶揄された時代から社会状況の変化とともに大きく変わりつつある。患者や家族の人権に対する意識の変革とともに,退院促進事業・援護寮などによる社会資源の充実化により,長期入院が見直され平均在院日数が徐々に低下しつつある。向精神薬の進歩がこの傾向を助けていることは言うまでもないが,まだ長期入院をしている慢性精神疾患患者を救済するだけの効果は得られていない。本来患者の退院は病気の治癒によって促進されるべきであるが,医療経済事情が退院を促進しているのが実態である。これは未熟な精神科治療の敗北ともいえる。この現状を打開するためには,退院可能な状態まで症状を改善できる,より効果的な治療方法を開発するか,症状を抱えながらも病院外で生活できる施設やサポート体制を作ることである。後者については医療経済的事情からも官民一体となってすすんでいるが,前者についてはその解決は容易ではない。向精神薬が最初に発見されてからおよそ60年が経過しているが,慢性的に経過する症状はおさえられていない。
身体科に比べて精神薬理学の発展が遅いようにみえるが,これは中枢神経系の働き,すなわち精神機能のメカニズムがまだ十分解明されていないからである。すなわち大脳生理学あるいは精神病態医学の進歩の問題ともいえるわけであるが,外国ではともかく日本での研究体制には大いに疑問を感じないわけにはいかない。まずは研究資金の問題である。多くの精神疾患は発病時期が20代から30代と他の身体疾患に比べて早く,また生涯にわたって慢性的に経過するためその経済的な損失は莫大である。ところが損失に見合った研究費は提供されていない。PTSDやBSEなどが社会問題化すると巨額の研究費がすぐに提供されるが,長期的に地道な研究が必要な分野にはなかなか研究予算が付かないのは大きな問題点である。もう一つの問題点は大学,特に地方大学における精神科では臨床研究がある程度可能であるが,脳の機能を根本的に調べるような基礎的な研究をすることが,人材面でもあるいは研究資金の面でも非常に厳しいものがあるということである。米国では脳科学の基礎研究の多くは精神医学教室が担っており,臨床と基礎研究が同じ研究室内で行われているのが通例であるが,日本では中枢神経系の基礎研究の多くは医学部の基礎研究室や理・工学部の研究室で行われているので,いきおい臨床講座とのコミュニケーションが希薄になるため,臨床に関する共通のゴールを目指した研究体制を構築しにくい。最近の新聞報道によれば,基礎研究における論文数では日本は米国の約1/3であるが,臨床研究となると約1/100になるようである。これも臨床系講座の研究能力が著しく低いことの現れである。今後大学での研究体制を見直し,以前より多くの識者によって指摘されているように,臨床・教育・研究機能を分化させてより専門的な活動ができるようなシステム構築が必要であろう。
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