書評
―古川壽亮,神庭重信編―精神科診察診断学―エビデンスからナラティブへ
中井 久夫
1
1甲南大学
pp.1128-1129
発行日 2003年10月15日
Published Date 2003/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405100921
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「診察診断学」とは診察の基本的態度から始まり,診断に至る道筋を記すものである。ありそうでめったに出ない。EBMの診断理論を具体的に盛り込んだ教科書は世界で初めてだと編者はいう。全国を網羅せず,2つの大学精神科だけで討論を重ねて編んだというのもよい。開拓者精神をもって書くにはそうでなくてはならない。その証拠に,本書は従来型の教科書と違って歯切れがよい。建前の訓示や耳ざわりのよい言葉で誤魔化している箇所がない。逆に,患者に好意を持てないときはどうするか,興奮患者への対応,性の問題など,教科書では及び腰になりがちな主題を正面から取り上げている。誤診の心理がEBMへの重要な導入部をなしているのもよい。
本書は,日常臨床の基本的作法から始まる。そして,それは本書全体にしみとおっている。決してマニュアルづくりを意図せず,先行世代の伝統を引き継ぎ,整理したもので,それに著者たちの創見を加え,臨床経験を経たものである。ときに「初学者のためのお節介と思われる具体的指摘」を記したというが,これは編者たちが初心を忘れていないことを示している。そして,確かワイツゼッカーが医学の伝統にはもっぱら口伝のみで伝えられてきた重要な事項があるという指摘をしていたが,それをできるだけ言葉にしようという努力がみられ,その結果,わが国の治療の現場にマッチし,かつ一般に良識が持つ「高度の平凡性」に達している。
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