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なぜ「病識」か―本論のめざすもの
病識の用語は日常的に使用されているが,その内包する概念は個人差が大きいことと思われる。次項でくわしく議論することになるが,ここではとりあえずよく使われるJaspers21)の定義「人が自己の体験に対し,観察し判断しながら立ち向かうことを疾病意識とし,そのうちの“正しい構えの理想的なもの”が病識とされる」(筆者による要約)のなかで,ひろくJaspersのいう疾病意識について取り上げ,それに便宜上「 」をつけて「病識」と表現することとする。「病識」をめぐる問題は,不安障害でも,気分障害でも,器質性障害でもみられ,その重要性は統合失調症に劣らないであろう。しかし障害によってその性状(そしておそらくは成因)がさまざまに異なり,一律に論じることを困難にしている。また,これまでの実証的研究は主に統合失調症を対象としたものが多い。そこで本論では統合失調症に絞って論を進めることにする。
統合失調症においては,「病識」欠如はもっともよく観察される所見の1つであろう。ここでは「病識」欠如をどう評価するか,そして統合失調症をどう診断するかという問題が基盤にあるが,たとえば1973年のWHOによる国際的なコホート調査71)では病識の欠如が97% に認められた と報告されている。そして「病識」欠如が治療者・患者関係のもっとも大きな障害となることは,誰しも同感するところである。近年はさまざまな社会的資源が整備されてきているが,「病識」が不十分な場合にはこうしたせっかくの資源も利用に至らず,結果として社会的孤立の道を歩むことになる。治療面でも,McEvoyら44)が指摘するように,他の精神症状が改善しても,しばしば「病識」が一緒に改善しないことがあり,病識欠如は予後の悪さと関連性が高く17),いわば治療抵抗性である。このように,「病識」は統合失調症の長期転帰を考える上で,重要である。英米圏でも多数のレビューが出されており,古くから関心の高い領域であるが,近年では操作的基準による「病識」評価が提案され,実証的研究とともに概念の再考が行われるようになっている2)。
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