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近頃,統合失調症の「認知」または「認知・行動」の「機能」や「障害」が多く語られている。だがそれらが「症状」とどのようにかかわるのか。残念ながらそれは本書でもなお十分に明らかでない(p69)。もともと機能障害は症状ではなくて,統合失調症は症状群のクラスター診断であったのではないか。6年前に丹羽真一は「精神疾患の認知障害」(精神医学レビュー27,ライフ・サイエンス,1998)を編集し解説した。評者は日常診療のために「簡易精神機能テスト」(精神科治療学18:965-973,2003)を開発した。 現在の深まった理解によれば,認知・行動機能は症状とは別の構成概念で,その偏りの異常(障害)が症状の生理・形態的な基礎となるものである。それはICDやDSMの操作的疾患概念とICIDH(現在のICF)の障害概念との対応と併用の上に成り立っている。ICFの障害性は階層レベルによって「機能と活動と参加の制限」として区別され,評者はそれを機能障害I,生活障害D,社会障害Hと訳してきた。訳書の副題に「生活機能の改善」が目標とされているのは,患者の「生きづらさ」「暮らし下手」の改善は認知障害の治療に他ならないからである。
本書はまず統合失調症の中核的な特徴としての認知機能障害について,一般的か特異的か,評価法の在り方,症状(陽性と陰性)との関連,薬物療法の影響,重症度・慢性度との影響について解説する。これは本症の疾患概念の弱点を明らかにし理解を深めてくれるので,貴重な意味をもっている。評者は成書にこのように視野の広い解説があるものを知らない。次に各論的に心理・要素的な記憶・学習の障害が取り上げられる。記憶の種類,障害の領域によって大きな差があることも指摘されている。ワーキング・メモリー(作動記憶)の障害は前頭葉機能との関連で特に注目されており,実行機能障害と注意障害という古くから本症について注目されてきた課題がこれに続く。機能障害は神経心理テストを通じて測定され理解が深められるが,それは精神病理の伝統である定性的な現象記述を越えて,成績の比較・検証を可能にする定量的分析の道を開くからである。例示されるテストとしては,Wisconsinカード分類テスト(WCST)・言語流暢性検査・ハノイの塔テストなどや,選択的注意・保持と配分,視覚刺激処理のスパンと逆行抑制が解説されている。臨床現場で評者が「簡易テスト」を作ったのは,テストの負担を減らし検者と患者が共同の立場を保つためである。
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