- 有料閲覧
- 文献概要
ここ数年来,わが国でもevidence-based med—icine(EBM)という言葉を目にしたり,耳にするようになった.欧米では前向き無作為二重盲検による治療法の評価がかなり以前から行われ,その成績に基づいた治療法の選択や疾病の予防が提言され,これらの基準化が臨床の場で広く行きわたるようになった.同一条件の狭心症に薬物療法,PTCA, A-C bypassなどが医師の自己の経験,知識,好みなどによって行われ,かつ,医療の質が均一でないとしたら,医療を受ける患者側からみれば公平性を欠くことになる.また,医療費にも高低があるとすれば医療経済的にも問題となる.そこで,できるだけ医療の質を均一化しようとの試みで多くの実践的な診療のガイドラインが学会を中心に米国では作成されている.ガイドラインが実際に守られているかどうか,すなわち,目標が達成されているかどうかは心もとない面がある.例えば高血圧患者の血圧を140〜80mmHg以下に下げるようにとの基準が実際に守られている率は10%以下という話もあるが,各学会が中心となりガイドラインを作り,この達成のために努力しようという試みは尊敬に値する.
一方,わが国では個々の医師の経験や知識に基づいて治療方針を決め,必ずしも客観的な事実に基づいた医療が行われていないのではないかとの反省が起きるようになった.確かに,わが国では客観的に治療法を評価できる大規模な無作為二重盲検試験を行ってこなかったためにエビデンスのベースになる成績がなく自国の診療のガイドラインを作成することが出来ないのが現状である.漸く,データベースの整備への努力が学会,厚生省で始まった段階である.欧米のデータをそのまま利用したらどうかとの考えも成り立つが,循環器系疾患のみを考えてもそのままの借用は問題がある.例えば,急性心筋梗塞時のt-PAの使用量などは1/2〜1/3程度の総投与量で欧米人と同程度の再開通率が得られる.同量を用いれば大出血が予想される.冠攣縮に基づく狭心症などもわが国が圧倒的に多い.その分,重症の冠動脈硬化が少ないことが予想される.体重,身長の違いにより冠動脈径も異なる.それ故いろいろなdeviceの使用にも工夫が必要である.そのまま欧米のガイドラインを用いるわけにもいかない.エビデンスのデータベースを得るには莫大な費用がかかる.更に,問題はある治療法のデータが得られるころには,次の新しい治療法が開発され,エビデンスに基づいた最良の治療法はややもすれば古くなっている可能性がある.例えば,PTCAとCABGの比較の成績が出たころにはstentが加わり,あるいはGPIIb/IIIa拮抗薬も開発され,再狭窄がかなり押さえられ,ガイドラインが出来上がるころには見向きもされないほどの早さで進むのが今日の医療の基準化を難しくしている.とはいえ,わが国では少子化・高年齢化は問違いなく進行している.1961年にスタートしたわが国の国民皆保険制度は国民全体に対し医療の公平化をもたらし,出来高払い制度は世界一の長寿国となったことには貢献した.もちろん,医学のみの貢献ではなく経済成長,環境整備などの条件と相俟ってのことであるが,ここに来て日本経済は逼迫し増え続ける医療費は抑制への声が大きい.
Copyright © 1999, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.