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医療保険制度や臓器移植の改正を機会に,医療のありかたをめぐる議論が高まっている.議論の高まる理由は医療不信が根底にあるからである.日本の医療の特徴は「だれでも」,「いつでも」,「どこでも」,「あるレベルの医療が」,「安価に提供される」という点にある.今後,医療費の上昇は国民総生産の伸びの範囲内に抑えることが国策とされる.日本の総医療費は約27兆円である.絶対額では世界の16位,国民総生産における比率では6.5%と世界の20位である(平成2年度).27兆円が高いか安いかは主観的な問題であるが,パチンコ産業が30兆円を超えることを考えると,決して高いとはいえまい.総医療費が少ないことは医療体制の貧困に反映される.高岡善人長崎大学名誉教授によると,入院患者一人あたりの医師数は,国立がんセンターでは0.19人に対し,同規模と同様の役割をもつ米国のスローンケタリング病院では0.71人,看護婦は0.57人対1.62人,職員数は1.4人対9.9人と大きな違いがある.一般の国立病院規模で比較すると,医師数は0.12人対1.06人(入院患者一人あたり),看護婦は0.27人対1.62人,職員数は0.6人対9.9人であるという.わが国では医療費に占める薬剤費の割合が高いことがしばしば問題となる.しかし,これも医師の技術料が米国の約1/4であるため,相対的に薬剤費の割合が高くなることが大きな要因であろう.
これらの状況をふまえた上で,今日の医療不信の基本にある問題点をより具体的に考える必要がある.実は我が国の貧困な医療体制は,ほとんど社会に知られていない.また大多数の医師も気づいていない.報道機関はこれらの数字を承知の上であえて報道せず,医療問題を論じているふしがある.医師の無知を嗤っているようである.医師が自らの職業の社会的状況を理解していないならば,事態は深刻である.状況を理解する必要のないくらい医師が社会的保護を受けているからである.保護はギルド的体質を生み,自由競争と改革を回避する.競争原理の中で活動する経済界の目には,医療界が生ぬるい世界として映り,医療不信を助長する.
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