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レジオネラ肺炎は,その性質から集団発生をみることが多く,また重篤に陥りやすく,死に至る者も少なくない.温水の存在するところならばどこでもLegionella属菌繁殖の危険があり,近年特に全国の温泉の浴槽や24時間風呂からのレジオネラ属菌の高頻度の検出が報告されている.今回,1996年6月24日から7月1日にかけて岩手県の同一地区で3名のレジオネラ肺炎の集団発生をみた.最初に発見された患者は57歳の男性である.1996年6月23日頃より発熱,関節痛,頭痛を自覚し,6月26日A病院を受診したところ細菌性肺炎の診断を受け,同日入院した.セフェム系抗生物質の投与にもかかわらず悪化し重篤となり7月4日A病院より私どもの岩手医科大学附属高次救急センターに搬送された.エリスロマイシンの投与により劇的に呼吸不全は改善しLegionella pneumophila血清型1に対する抗体価がペア血清で2倍の上昇を認めたため,レジオネラ肺炎の疑診となった.夫人よりA病院に同様の肺炎患者が入院しているとの情報を得て,A病院の担当医に照会したところ,更に2名の患者が確診とされた.いずれも同町内の男性で,同町のB温泉施設を利用していた.センターの担当医から報告にもとづき,1996年9月25日所轄保健所と県衛生研究所がB温泉施設に通知した後,立ち入り調査を行った.空調施設,冷却塔,給水施設,給湯施設からはレジオネラ属菌は検出されなかったが,温泉の貯湯槽および浴槽注ぎ口よりLegionella pneumophila血清型1が検出された.モノクローナル抗体を用いた抗原因子型別により患者血清抗体の型別と一致したため,温泉水が感染源として極めて疑わしいと断定した.結局汚染源は,温泉施設に付随する上流の貯湯槽の汚染によるものと考えられた.これまで意識障害下での温泉水誤嚥によるレジオネラ肺炎発症例はあり,外国でも渦流浴槽の展示会にての集団発生が報告されているが,本症例は日本の温泉入浴により集団発生した最初の報告と考えられた、しかし,私たちの限られた力では,それ以上に患者が発生しかた否か,死者が出たか否かは結局検討できなかった.
今回の集団発生は,地域の病院と保健所の連携によって感染源を特定し得た.また県も積極的な取り組みを行い,レジオネラ症検討会も結成し専門家も交えて結論を得るのに役割を果たした.しかしそれにもかかわらず,患者発生から集団発生確認までに50日,施設の改善を得るまでに140日,公表までに273日を要した.一方,このちょうど1年前の6月の米国豪華客船の渦流浴でのレジオネラ肺炎集団発生においては,異型肺炎発症2日後にレジオネラ肺炎確定の報告を受けた米国疾病管理センター(CDC)は,直ちにその専門集団による調査に乗り出し,発生3日目にはニューヨーク停泊中の当該船舶の施設の調査および閉鎖を行い,発生5日目には公表と極めて迅速な対応を行っている.日米の対応の差を比較すると,患者発生から確認までに25倍,施設の改善までに47倍,公表までに55倍の日数を要している.私たちの検討会のメンバーも,そのほとんどがレジオネラ症に関しては,経験も知識も深いとはいえなかったし,また強制捜査の権限も与えられたものではなかった.またさらに地域の観光や産業とも関連しているとなれば,発生源の確定・発表の時期の決定には,慎重の上にも慎重にならざるをえなかった.しかし,県民や国民の健康を守ることが政府や県や私たちの至上命令であることを考えれば,更なる患者や死者を発生させないためにも,一刻も早い対応が要請されている.米国のAtlantaにあるCDCは,公的機関としてemerg—ing infectionsへの対応が極めて迅速・着実・果敢なものであるが,日本にはそれに対応する機関が欠けていると実感した.輸血による血友病患者へのエイズ感染対策が遅れたこと,水俣病への対策が遅れたこと,近年ではO-157の発生の対応に手間取ったことを反省として,私たちは何を学んだのであろうか.
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