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心筋細胞膜を流れるイオン電流は,興奮伝導の基本機構であるとともに,心電波形の形成・不整脈の発生やその抑制.などにも関連する極めて重要な心機能の要因の一つである。心筋のイオン電流の研究の発展を見ると,歴史的に三つの大きな時期に分けられる。第一の時期は,ガラス微小電極が心筋に適用され膜電位が直接記録されるようになった1950年代初めから1960年代前半までである。この時期は,イオン電流の測定は全くなされず,活動電位波形や外液イオン組成変化の影響から神経で提案された興奮の"Na説"からの説明がそのまま適用されていた。次の時代は,1964年に羊プルキンエ線維で初めて電圧固定法が行われて以降の約10年余りが相当する。本法の適用によって,イオン電流の直接測定が可能となり,心筋の興奮機序の理解が飛躍的に高まった時代と言える。しかし,この方法も多細胞標本を用いたものであるために,標本内での電位の均一性とパルス中に細胞間隙(Clefts)にイオンの蓄積・減少が生じることによるアーティファクトがつねに問題とされてきた。そのため,興奮機構の本質的な解明にまでは至らなかった。
1970年代後半から1980年代に至り,成熟心を酵素処理により単一心筋に分離し,これを用いての膜電位やイオン電流の測定が可能となってきた。さらに,ここ数年パッチ・クランプ法の導入により,単一チャンネル電流の測定が可能となってきた。ここに至り,これまで神経や骨格筋の研究の後陣に位置していた心筋の電気生理は,興奮性膜の研究の第一線に飛び出してきたわけである。パッチ・クランプ法は,細胞内外の環境をコントロールしたもとでの測定を行いうること,したがって,アーティファクトを除いた純粋のイオン電流の同定のみでなく,チャンネル開閉の分子機構にまでせまる解析を可能とした。
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