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はじめに
僧帽弁膜症はもっとも代表的な弁膜症であり,その歴史はある意味で近代心臓病学の歴史そのものである。すなわち,古くはJohn Mayow (1668年)による僧帽弁狭窄の記載に始まり,Laennecによる聴診器の発明(1816年)によって,僧帽弁狭窄から僧帽弁閉鎖不全が独立した(James Hope, 1832年)。いわゆる聴診器の黄金時代を通じ,Bertin, Williams, Bouillaud, Skoda, Fauvel, Duroziez, Flint, Graham Steell, Rouches, Potain, Guttman, Guttmann, Samsonなどによる徹底的な臨床的ないし臨床病理学的観察によって,これらの疾患は独立疾患として基礎づけられたのである。今世紀に入ってからは診断面を離れてもっぱら予後的意義,弁膜症の成立機序(White, Blandなど),生理学的研究(Wiggersなど)が行なわれ,なかんづく僧帽弁閉鎖不全を良性の疾患とみなすか(MacKenzie, Le—vine),重大な予後を含む疾患と考えるか(White, Friedberg)についての見解の相違,あるいは心尖部収縮期雑音の診断的評価に関する対立した意見は,結局最近におけるより精密な診断手技による裏付けによる解決を必要としたのであった。そしてその結果は,近年における手術的治療にも直結するものとなった。
しかしこれで僧帽弁膜症に関する諸問題がすべて解決したわけではない。問題を本稿の内容に照して僧帽弁閉鎖不全に限っても,Braunwald1)の講演に述べられているように,まだ複雑かつ未解決の問題が多数とり残されているのが実状である。
僧帽弁膜症が大動脈弁膜症に比して問題解決に遅れをとっている最大の理由は,その弁組織の複雑性に由来しているといって過言ではない。元来,僧帽弁の機能が正常に営まれる為には,弁輪(valve ring, mitral an—nulus),弁帆(valve leaflets),腱索(chordae ten—dineae)および乳頭筋(papillary muscles)の四者,つまり弁およびその支持組織である僧帽弁複合(mitral complex2)の解剖学的および機械的な統一性(完全性)が必要であり,また同時に乳頭筋の収縮と心室自由壁の収縮が,時間的に適切な統一性を有していなければならない。もちろんわれわれはこの原則を知らぬわけではなく,またたとえば僧帽弁閉鎖不全の成因にしても,弁および支持組織その他の病変が存在することは,以前から述べられていたことである。しかしこの疾患に関するぼう大な文献が,理学的所見を含めた詳細な臨床像についてあます所なく述べつくしている反面,僧帽弁複合の各成分の異常を分離検討するところまで到達していなかったことも事実である。このことは,臨床的には弁炎(val—vulitis)と腱索炎(tendinitis)を主体としたリウマチ性僧帽弁膜症が観察の主対象であったに反し,実験的には支持組織の損傷による閉鎖不全が主として論じられていた,というような事実をみても明らかである。かくして近年,これら各組織成分のそれぞれについて,基礎と臨床の面から新たな検討が加えられ始め,1966年,僧帽弁閉鎖不全の年(the year of mitral insufficiency—W. P. Harvey)の幕がきっておとされた3)4)。
本稿は,これら各種の僧帽弁疾患のうち,特に最近問題視されている乳頭筋機能不全症候群(syndrome of papillary muscle dysfunction)について概説せんとするものである。
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