巻頭言
Ⅰ音がちょっとな
木原 康樹
1
1広島大学大学院医歯薬学総合研究科循環器内科学
pp.563
発行日 2012年6月15日
Published Date 2012/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1404101979
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たいがいひとは何気なくそうなってゆくものである.運命を決めた瞬間があったと云っても,後の自分が記憶の糸を紡いで都合良く作り上げたフィギュアである場合が大半であろう.しかしごく稀には30年の年月を経て益々鮮やかとなり,こうしてその時を反芻しつつ30年を過ごした自分がすなわち今の自分である,としか云うようのない記憶というものもある.細部に至るまで鮮明に想い出す.「いったいどうしたらこのようになれるのか,これを越えることが果たして自分にはできるのか」,憧れよりむしろ心底から恐怖と畏敬を覚えたその時を想う.
わたしは近畿地方のT病院で内科系レジデントの2年目を迎えていた.半年間の麻酔科勤務ですっかり呼吸循環制御のダイナミズムに魅了され,循環器診療こそは自分の天職であると信じていた.あちこちの病棟を走り回っては気管内挿管や心肺蘇生を施し,「患者を助けた」と豪語した.多くの循環器疾患患者は,治療介入に対してシャープな反応を示してくれるため,いらちな自分とは性が合った.カテ室に一番乗りし手袋を填めていると,後から来たスタッフはいやいやながらにもカテーテルに触らせてくれた.自分がどんどん進歩していくように思え,おもしろくて仕方がなかった.
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