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医学部を卒業する時になんとなくの憧れだけで,研究者になろうと思い,松尾壽之先生が主宰されていた宮崎医科大学第二生化学教室に大学院生として入れていただき,私の研究者としての人生が始まった.大学院に入って,右も左も分からない状況で感じたことは,第二生化学では研究が海外のラボとの競争で行われており,まるでスポーツの勝敗を争うように,研究が活発に行われていたことだった.松尾先生のその当時の言葉として妙に印象に残っているのは,「運で勝負している」という言葉であった.その当時は意味がよく分からなかったが,その後研究者として生きていくうえでとても印象に残る言葉となった.曲がりなりにも4年間で大学院を修了することができたわけだが,生理活性ペプチド探索研究の方法論が確立され,多くのエンドルフィン類やニューロメジン類が発見されたときに,私は大学院生として在籍しており,今考えると得難い経験と勉強ができたと感じている.そして,大学院4年の時に,私の直接指導教員であった寒川賢治先生が心房性ナトリウム利尿ペプチドを数カ月で単離・構造決定し,グローバルに活躍されるようになるのを見て,私も将来は自分自身の生理活性ペプチドを発見して,研究を展開したいと思うようになった.
大学院修了後は附属病院の第一内科医員を経験後,松尾先生から留学の世話をしていただき,3年間のテキサス州ダラスでの留学生活を経験した.今考えると,私にとって適切な留学先を世話していただいたことが良く分かる.留学中はKosaku Uyeda先生と奥様のEllenさんに世話になり,有意義な留学生活を送ることができた.Uyeda先生は日系アメリカ人であり,解糖系制御の仕事で著名な先生であった.生化学的ないろいろな方法論や考え方を教えていただいたが,何よりもUyeda先生から教えていただいたことで重要であることは,自分の研究テーマを安易に変えずに何十年間も研究し続けるという姿勢だと感じている.流行を追いかけて研究する研究者が多い現在,Uyeda先生が大学院生の時に出会った「解糖系の制御」のテーマをその後もずっと継続し,定年を過ぎた現在も同じテーマを追究している研究に対する姿勢には頭が下がる.
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