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心筋の再生医療をめぐる最近1年間の話題
[1]はじめに
これまで循環器疾患における心筋の再生医療では,骨髄単核球細胞,血管内皮前駆細胞,心筋幹細胞などの組織幹細胞が主役であった.近年,組織幹細胞による再生医療は急速に進展し,骨髄単核球細胞移植などを用いた臨床研究が進行している.しかしながら,ヒト「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」の樹立に伴い,循環器再生医療の主役はiPS細胞に移りつつある1,2).
組織幹細胞に比し,強い自己増殖能と多分化能を有するヒト「胚性幹細胞(ES細胞)」は,1998年の樹立3)から再生医療を担うと期待される細胞ではあったが,自己の細胞ではないことによる免疫拒絶と,樹立のためには初期胚を破壊しなくてはいけないという倫理的な問題から臨床応用へ歩みを進めることが困難であった.10年の歳月を経てようやく,2009年1月にアメリカのGeron社が行ったES細胞由来オリゴデンドロサイトによる脊髄損傷治療の臨床試験が米国食品医薬品局(FDA)により承認され,世界初のヒトに対するES細胞を用いた移植治療が試みられようとしている.今後,ES細胞を用いた細胞移植治療の知見は,ES細胞とほぼ同等の分化多能性を持ち,患者の体細胞から樹立可能なiPS細胞による細胞治療の開発においても重要な知見を提供することが予想される.
今から10年ほど前までは,心臓は終末分化をした臓器で再生しない,と教科書には記載されていた.つまり,心筋梗塞などの原因により心筋細胞が壊死に陥ると残存心筋が肥大し,負荷に適応すると考えられてきた.しかし,ここ数年の間に大きなパラダイムシフトが起こった.心臓の中の幹細胞4)が証明され,僅かばかりだが再生する,という証拠も得られるようになってきている5).
心筋細胞は,出生後もヒトの生涯を通じて再生されるという研究論文が,2009年4月のScience誌に掲載された.スウェーデン,カロリンスカ研究所のBergmannらは,ヒト心筋細胞DNAの14C測定を行い,細胞の年齢を検討した.1955年の核爆弾実験開始前後に複数の人から採取した遺伝子DNAを解析することにより,心筋細胞は出生後も再生していることが明らかになった.心筋細胞は25歳時までは1年間に約1%が入れ替わり,その後次第に低下して,75歳時には入れ替わりは1年間に0.45%となっていた.生涯期間での心筋細胞の入れ替わりは50%未満である,という研究結果を報告した.すなわち,心筋細胞も生後,終末分化した細胞が一生涯拍動し続けるのではなく,非常にゆっくりとした速度ではあるが,他の組織と同様に細胞が常に入れ替わるというものである.ただ,再生する程度が非常に少ないため,現時点では臨床的に意味がある再生は起こっていない,というのが共通の認識となってきている.
ヒトの心臓は損傷後ほとんど再生しないため,心筋細胞新生に必要な因子の解明には多大な関心が寄せられてきた.心臓分化を制御する分子ネットワークがかなり解明されてきたにもかかわらず,哺乳類の細胞や組織において心臓遺伝子プログラムの新たな活性化に必要な,単一の転写因子,あるいは転写因子の組み合わせは明らかにされてこなかった.Takeuchiらは,マウス中胚葉を心筋細胞へ分化転換させるために必要な2つの転写因子GATA4とTBX5,およびBAFクロマチンリモデリング複合体の心臓特異的サブユニットBAF60Cの組み合わせを明らかにして,2009年6月にNature誌に報告した6).この遺伝子の組み合わせにより,本来ならば心臓にはならないマウス中胚葉性細胞を,拍動する心筋細胞へ異所的に分化誘導できることを明らかにした.この結果の意味することは重大で,BAF複合体が心臓組織特異的な制御を行い,また分化誘導機能も持ち合わせていることを示している.今後これらの複合因子導入により,幹細胞からの心筋分化誘導を安定したものとして,心臓再生を目的とした新生心筋細胞の再プログラミングを可能にすることが期待される.
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