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昨今は,再生医療という新しい治療戦略の風が吹き始め,未来の医療として現実化しつつあることが実感され始めている.このような医学の新しい動向が最も反映されにくい臓器の一つに肺は挙げられる.肺は構造的には空気の出入りする風船である.しかし,絶妙のバランスで,呼吸すなわち換気と,循環すなわち血流が併存し,生命の根源となる酸素を体内に取り込み二酸化炭素を排出しているのである.ミクロでは,肺胞を形成する肺胞上皮細胞と毛細管を形成する血管内皮細胞とが表裏一体となって接し合い拡散機能を維持している.何と精巧にできた臓器であろう.血管に富む結果,多くの血液中の細胞が臓器内に多数循環し,テニスコートの広さにもなる外界との接触面を防御する.気道上皮は線毛を持ち,異物の搬出に余念がない.しかも表面にはちょうどよい粘性の分泌液が被膜となる液層を形成し,線毛運動を円滑にし,細胞や液性因子の移動に寄与している.こんな面白くて複雑な臓器が訳の分からないES細胞から簡単にできるはずはないと考えても誰も不思議には思わないであろう.しかし,呼吸器疾患のなかで,患者数の多いCOPDや,頻度は少ないが治療法のない肺線維症など,肺移植が適応となる疾患は身近に存在する.そして,これらの疾患は,再生医療の発達により多大な恩恵を受けることは疑いのないことであろう.誰がES細胞の作成に成功するか,そしてES細胞により誰が肺の再生に成功するか,今後の展開は興味深く,また一日も早い成功を祈りたい.
夢のような再生医療の実現には,まだまだ我々が行っているような臨床を通じた基礎研究の寄与する余地が多分に残っている.肺という呼吸と循環をデリケートに営む臓器において,疾患毎の異常を細胞分子生物学のレベルで解明することにより,疾患の根幹となる細胞や液性因子に的を絞った治療を考案することが現実化する.そして,その延長上に再生医療の手法を取り入れた欠陥部位の正常化が治療として確立される可能性が現実味を帯びてくる.肺を全部再生するには,クローン化した生体で肺をあるレベルまで臓器として分化させ取り出すことが最終的には必要となるかも知れない.ES細胞を使って患者の胸郭内で再生するよりも,技術的には可能性が高そうである.しかし,そこで倫理という人類にとって重要で見失ってはならない最も大きな問題に直面することになる.
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