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はじめに
糖尿病の罹患率は世界的に増加の一途をたどり,わが国でも現在約740万人の糖尿病患者が存在し,大きな社会的問題となっている.糖尿病発症後,血糖の適切なコントロールによって細小血管障害の発症・進展がある程度予防可能になってきた現在でも,冠動脈疾患,脳梗塞,閉塞性動脈硬化症などのいわゆる動脈硬化を基盤とする大血管障害の合併は高率であり,わが国でも大血管障害による死亡率は50%超となり予後不良である.
糖尿病と虚血性心疾患についてMRFIT(Multiple Risk Factor Intervention Trial)では,心血管死亡率は糖尿病群が非糖尿病群に比べ相対危険度が3.7倍となり,他の動脈硬化症の危険因子である喫煙,高血圧,高脂血症を補正しても糖尿病患者では心血管死が高率であった1).本邦の久山町研究では,糖尿病群では正常耐糖能群に比べ虚血性心疾患の発症率は約3倍と報告され2),最近進行中のJapan Diabetes Complications Study(JDCS)では,虚血性心疾患の発症は6.7/1,000人・年であり,非糖尿病者の約3倍となっている3).
糖尿病における冠動脈疾患の発症には高血糖自体の,いわゆる糖毒性による動脈硬化促進作用に加えて,あるいはそれ以上に脂質代謝異常,高血圧,炎症,易血栓形成性などリスクの重積状態が大きな役割を演じていると考えられていた.実際,糖尿病症例では高血糖だけを示す例は少なく,高血圧や脂質代謝異常など他のリスクファクターを併せ持つことが高頻度にみられることが臨床疫学的にも示されている.さらに,糖尿病における血糖のコントロールには細小動脈の合併症の発症を抑制する効果が示されているが,それに比べて心筋梗塞など大血管の合併症を抑制する効果は限られていることがU.K. Prospective Diabetes Study(UKPDS)などの研究で報告されている.多くの症例で動脈硬化の形成が糖尿病の発症前の耐糖能異常や境界型の糖代謝異常の時期から起こっている事実からも,高血糖による糖毒性のリスク以外に糖尿病での動脈硬化を形成するリスクとしてインスリン作用不全によるインスリン抵抗性の病態の関与が提唱された.つまり,糖尿病としての高血糖状態がなくともインスリン抵抗性による高インスリン血症やその代謝に付随する脂質異常,高血圧,炎症性反応,易血栓形成性などのマルチプルリスクが糖尿病における動脈硬化の成因,進展に大きく関わっている.これらマルチプルリスクの重複は偶発的ではなく,インスリン抵抗性という共通した病態に基づくものであり,メタボリックシンドロームという糖尿病の枠を超えた動脈硬化の形成に関与する新しい概念として近年注目されている(図1).ただし,全ての糖尿病がインスリン抵抗性の代謝状態を基盤に発生するとは考えにくく,高血糖が糖尿病の動脈硬化発症メカニズムの重要な要素であることに違いはない.また一方では,糖尿病のなかにもインスリン抵抗性の状態を有するものと有しないものが混在し,その差が糖尿病の動脈硬化形成に関与することも報告されている.
本稿では糖尿病患者における動脈硬化発症機構について,高血糖による糖毒性の作用機序とインスリン抵抗性の成因とその代謝におけるマルチプルリスクの病態について解説する.
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