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食道の診断に関する筆者の個人的体験を語るところから本号の主題「Barrett食道」へ話をつなげようと思う.1972年10月のことだから,およそ二昔も前のことになる.それは,筆者がペルーはリマ,国立癌研究所(Instituto Nacional de Enfermedades Neoplacicas)で胃癌のX線・内視鏡診断のセミナーを始めたばかりのときだった.暗室の中で筆者の検査を見ていた1人の女医が,あなたはなぜ,食道を腹臥位で観察しないのですか,と質問した.このとき筆者は29歳,食道は立位で観察・撮影すればいいと先輩に教わっていたから,この質問には当惑した.日本では食道裂孔ヘルニアが非常に少ないので,腹臥位で食道を透視・撮影する習慣はないのです,と答えて急場をしのいだのだが,それから3か月くらい続いたセミナーの間,この女医の質問の意味は次第に重く筆者にのしかかってきたのだった.
一般的に,早期胃癌を見つけようとする人間の目は,胃全体の形よりも,胃の部分部分に集中する.だから,検査の途中でも,フィルムを読影するときでも,その目は食道胃接合部~噴門部には注目しても下部食道(Ei,Ea)~胃上部(C領域)を見渡すように訓練されていない.この傾向は現在でも実は矯正されていないのだが,医学部を卒業して5年目の筆者には特に強かったのだろう.この国で早期癌を1例でもみつければ自分の存在価値は十分なのだという自負もあった.ところが,検査を始める前に病歴の説明を聞くと,食道裂孔ヘルニアが頻繁に出てくるし,また,何とそのために手術を受けている20~30歳台の女性がかなりいることが次第にわかってきた.リマ滞在中,筆者は食道癌と鑑別が必要な症例も含めて,食道裂孔ヘルニアのことは,かなり強烈な体験として記憶に焼き付けることになってしまった.
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