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7.BasilMorson
筆者にとってDr. BasilMorsonに出会ったことは量りしれない幸運であった.内視鏡とは直接関係はないが,若い医師たちに関係することもあるので,少し彼のことを述べておくことにしたい.“Did you get my message?”とよく聞かれたものである.messageは文字通りメッセージで,“私のメッセージが伝わったか?”要するに“わかったか”という意味で使われている.日常会話でも学会発表でもmessageを伝えるような話し方,スライドの作り方に工夫をこらすということはDr. Morsonから教えられた.あるとき,Dr,Morsonが受けた招待講演の代理として筆者に行ってこいという.ドイッのエルランゲンで行われる内視鏡学会で大腸内視鏡の有用性を述べてこいというお達しである.初めての外国での英語発表であるし,大いに張り切ってスライドを準備し,1か月ほど前に予行を行った.結果は落第.全部やり直し!スライドにはfactのみを,最小限の文字数でわかりやすく記載すること.あれこれ言いたいことを述べるのではなく,factのみに基づいて話を組み立てること.スライド原稿を作ってこれを全部暗記して,スライドを見ながら説明すること.いずれの指摘も日本では受けたことがなかったが,この経験が以後どれだけ役に立ったかわからない.messageとはこのようにして初めて正確に伝わるものであろう.日本の学会で文字やデータの詰まったスライド,factに欠けるスライド,factの積み重ねではなく予測に満ちた発表が少なくないのは,このようなmessageの伝え方の訓練が欠けているからと思われる.イギリス人の発表はほとんど例外なくmessageの伝達に工夫がこらされていて参考になると思う.Dr. Morsonの指摘のお蔭で,エルランゲンでの発表はうまくいってほっとしたものである.それにしても,発表論文の全文暗記は大変であった.最近,英・米の若い人々の学会発表を聴いてみると,彼らも発表前に上級医師のチェックを受け,全文を暗記してきている.学会場の片隅で一生懸命に暗記した原稿を再チェックしている東洋人の姿をみると,昔を思い出し“Good luck”と声をかけてやりたくなる.
messageは相手に伝わらなければmessageではない.学会発表もmessageの1つであるということは,Dr. Morsonから教わったことの1つである.Dr. Morsonのもう1つの忘れ難い言葉,それは“Research is a kind of gamble”である.researchをgambleとは何事かと驚かれもしよう.とんでもないと怒る方もいるかもしれない.テレビでダービーを見ていたら,一緒に見ていた若い外科医がどの馬に賭けたかと言う.賭けていないと答えたら“lt's a waste of time”と言われるようなお国柄.競馬は日曜・祭日以外は毎日やっており,病院の前に場外馬券があって,昼休みにはコメディカルの連中が馬券を買いに走って行く環境ゆえに,researchもgambleになってしまうのかとも思ったが,彼の説明はこうである.researchには時間とお金がかかる.時間とお金がかかる以上は,gambleと同じで勝たなければおもしろくないしむだなことである.研究を始める前によく考えて時間とお金をむだにしないことが大切だというのである.そう言われてみればなるほど,彼の研究はほとんど当たっている.若いときの“lntestinai typeのgastric adenomaの仕事”“Dysplasia in UC”“Polyp-cancer se-quence”“Crohn'scolitis”などなど彼の賭けたgambleはほとんど当たりくじだったのではないかと思う.わが国でm癌をseveredysplasiaと呼ぶということで批判されることがあるが,これもWHOの仕事として全世界のレベルの異なる病理医を対象にした場合には当然の帰結で,イギリス流の実用主義(pragmatism)の表れであると思われる.臨床の場ではsevere dysplasiaと報告して無用の混乱を防ぎ,組織発生などの研究対象としてはm癌として利用するということで何ら問題が生じるものではない.粘膜内癌の基準がなかなか定まらない日本の状況をみるにつけ,早く決着をつけてほしいと思うのは筆者のみではあるまい.
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