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私と森先生のお付き合いは長く,私が東京都老人総合研究所(今の東京都健康長寿医療センター研究所)で分子遺伝学の部長,森先生が国立長寿医療研究センターの研究部長を務めている頃からの長い学友である.ともに,日本基礎老化学会で脳の老化のメカニズムを違った角度から研究していた.私は,アルツハイマー病の病理学からスタートして,脳の正常老化プロセスがどのようにアルツハイマー病という病気によりダメージを受けるかを研究していたのに対して,森先生はむしろ神経科学(ニューロサイエンス)の生理学基盤を深掘りして理解することにより,正常老化と病的老化の違いを探究していたと記憶している.森先生が2004年に長崎大学に栄転されたときには,解剖学の教授で赴任したという話を聞いて,神経科学の先生がどうして解剖学の教授の道を選んだのか不思議に思ったが,今回の『老いをみつめる脳科学』を一読して,脳を3次元的に理解できないと,神経科学の発展だけでは解決できない問題が神経疾患には数多く残されていて,その知識基盤を固めるために解剖学の教授として長崎大学に赴任されたのだと確信した.私も2007年には,東京都老人総合研究所から順天堂大学に移り,加齢制御学という新しい分野の研究を開始した.アルツハイマー病や認知症を脳の加齢制御プロセス異常であるという新たな視点から,アルツハイマー病の治療や予防に突破口を開こうとしたためだ.
サイエンスでの発見は,どの論文も大きなジグソーパズルの1つのピースに過ぎないと1990年に免疫学から分子病理学に転向したときから学んできた.森先生もおそらく,私と同様の考えで研究を続けてきたに違いない.今回,森先生が出版された本を拝見すると,これまでに発見されたサイエンスのピースからどのように「脳」や「精神」や「心」が,再構築できるかという内容になっている.1980年に医学に分子生物学が導入され,分子から病気の原因や病態を解明する医学研究が主流となった.2003年にはヒトゲノムが解読され,ヒトの設計図が明らかになると,ヒトの発生や病気の多くは,ヒトゲノム情報からのアプローチで解決するのではないかと期待されたが,残念ながら多くの神経変性疾患はいくつかの原因遺伝子が解明されたにもかかわらず,根本的治療法が確立されていないのが現状である.
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