開業誌日誌
臨死のこころ
西田 一彦
1
1西田内科医院
pp.2338-2340
発行日 1979年12月10日
Published Date 1979/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402216351
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鉄造さんが死んだ……
鉄造さんが死んだ.開業以来,20有余年診ていた患者である.肺結核であった.享年82歳天寿を全うしたというべきなのだろうが,結核がなければもっと長生きしていたかもしれない.両肺,とくに右上肺野に空洞があったが,長年の化学療法の効果か,空洞は硬くガードされていて,撲菌もなかった.それでも聴診器を当てると,木枯しを思わせるような荒々しい呼吸音が聴えてきていた.長い闘病生活はその身体つきにも,まざまざと表われていた.背骨は胸椎の中程から前に曲がり,胸骨は馬の背のように前にとび出して胸は格好の悪いビア樽のようで,首を前に突き出してビア樽状の胸郭を細い下半身に載せて,息を切らせながら,1週間に一度は診察に来ていた.
その鉄造さんの臨終に私は間に合わなかった.長く診ている患者の臨終に立ち合えなかったのは,初あてのことだった.臨終の場に立ち合うことの大切なことを主張し,実行してきていた私にとっては不覚であり,残念なことであった.鉄造さんは,この夏以来,暑さの故か元気がなく,歩くのも大儀だといって来なくなっていた.それで7日か10日に1回の割合で往診していたのだが,この半月ばかり前から全身倦怠と息苦しさを訴え姶めていた.それでも,食欲はあったので安心していたのである.そして,その2日前にも往診していた.
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