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キッカケ
今回,私が,日豪医学交換留学プログラム促進のため,昨年9月にオーストラリアのシドニー病院を訪れた事情を少し説明しておかなければならない.一昨年夏,シドニーから商用で神戸や大阪を訪れていたMr. Martin-Weberが急性心筋硬塞の発作のため,淀川キリスト教病院に入院し,当時,内科の主治医としてMr. Martin-Weber氏を診療していた中島医師やナースの方々の手厚い看護に非常に感謝され,「もしできれば,淀川キリスト教病院の若い医師とシドニー病院の若い医師との交換留学プログラムを作ってみたいが―」との申し出があった.私は当初より,Mr. Martin-Weberの診察を行っていたが,回診の都度,このプログラム作成に対する氏の熱心な態度にふれ,私もまた,是非ともこのプログラムを作り上げようと積極的に院長はじめ,各科の部長にも相談をした.そして,Mr. Martin-Weberが無事退院し,帰国した後も,Mr. Martin Weberをはじめ,シドニー病院のDr. Herriott院長やDr. RitchieおよびDr. Blackmanに積極的に連絡をとり,まずシドニー病院から最初に「ドクター」を迎え,オーストラリアの事情を知ったうえで,淀川キリスト教病院からも「ドクター」を送ろうではないかという段階まで話が進んだ.
もちろん,このプログラムの推進の原動力となったのはMr. Martin-Weberその人であり,そのために私財A$2,000(約90万円)を各病院にそれぞれ寄贈されている.しかし,淀川キリスト教病院のほうに受け入れ準備が不十分であるなど,種々の事情もあって,このプログラムの発足はさらに滞りそうであった.そこでこのプログラム作成の当事者である私が,直接,シドニー病院を視察し,プログラムを最終的に決めてしまうことが,最良の策だと思われた.そして昨年8月,シドニー病院より「是非ともお出で頂きたい」との招きを受け,9月10日より9月19日の9日間,シドニー病院を訪れたのである.
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