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本書は従来の教科書の“常識の壁”をつき抜けた,まことにユニークな本である.わずか213ページの中に,口腔から肛門までの腫瘍性疾患と炎症性疾患の病理を網羅し,さらにその理解に必要な発生と正常組織に言及し,染色法と遺伝子診断に関係する技術のエッセンスまでが記述されている.これほどユニークで読者の立場に立った教科書は類をみないと言ってよい.病理学者の教科書は,概して記述が長く,しばしば自己主張が多いのが一般的であるが,本書はそれとは全く逆に,記述は短く簡潔で研究的データ,自己主張は一切なく,公認されている分類と必要最小限の写真が提示されているのみである.読者はまず本書の記述の思い切りのよさに感嘆するであろう.やろうと思えば,物事はここまで無駄をなくすことが可能なのである.しかし,症例を中心にまとめたと著者が述べているように,教科書としての十分な情報も満載されている.単著であるがゆえの,あれも書きたいこれも書きたいという誘惑をバッサリと断ち切って,ここまで簡略にまとめた著者の勇気と英断には,お見事と感服せざるをえない.
著者の藤盛博士は今では高名な消化管病理の大家であるが,筆者は氏が現在のように主役を演じる以前から注目し,期待を込めて見守っていた.従来の病理医とはちょっと肌合いの違う言動に,戸惑いを感じる臨床家も少なくなかったと想像するが,分子生物学的手法を古典的病理学に積極的に取り入れる,という新しい方向をめざす姿勢には常に声援を送ってきた.氏の教室には学内外から常に多数の留学生が集まっていると聞くが,本書の出版に際して彼らの協力が大きかったことは同慶の至りである.比較的短期間にかかる大著(ページ数は少なくても内容は大著に匹敵する)が著せたのも,多方面からの資料提供を可能にした氏の日頃の情熱とリーダーシップのなせる業であると敬服している.
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