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私の手元に3冊の『平静の心』(オスラー博士講演集 日野原重明,仁木久恵訳 医学書院)がある.1冊目は1983年9月発行の初版で,至るところに傍線や書き込みがあり,かなり傷んでいる.2冊目はその翌年新訂されたものであり,いつも自宅の書斎に置いている.3冊目が今回,新訂増補版として出版されたものである.
「そこから何を学んできたか?」一言で答えるのは難しいが,「結びの言葉 L’ENVOI」に述べられている3つの信条を拳拳服膺してきた.第1は,今日の仕事に全力を傾注し,明日を思い煩わないというカーライルの言葉であり,第2は,同僚と患者に対して黄金律をもって接すること,すなわち何事でも人々からしてほしいと望むことは人々にもそのとおりにする,人々からされてはいやだと思うことは,他人に向かってもなさないようにすることであり,第3は,成功を謙虚に受け止めるだけの心の平静さをもつことである.医師にとって沈着な姿勢,これに勝る資質はなく,また悲しみの日が訪れたときには人間にふさわしい勇気をもってこれにあたることができるような,そういう平静の心を培うことである.第1の信条は「生き方A Way of Life」にも詳しく述べられているが,そこでは昨日と今日,今日と明日の間を鉄の隔壁で閉ざした防日区隔室(Day-tight-compartments)のなかで生きるよう説いている.これはオスラーがイギリスからアメリカへ渡るとき,船には安全を確保するために防水区隔室(Water-tight-compartments)があることを船長から聴いて,「水」を「日」に換えた造語を思いついたのである.さらに人生における習慣と集中力の重要さを強く訴えている.黄金律については,孔子の《恕》すなわち「汝の欲せざる所他の人に施すことなかれ」も引用している.「平静の心」は本書の題名にもなっているように,オスラーの医師としての生き方の基本になっているものである.
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