連載 Festina lente
ただ憧れを知る人ぞ
佐藤 裕史
1
1慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター
pp.514
発行日 2012年3月10日
Published Date 2012/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402105858
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精神科医・浜田晋先生が亡くなられて一年余りが経つ.白衣姿の温顔の写真を添えた追悼記事を新聞紙上で目にしたとき,先生の著作に胸を打たれた学生時代を思い出して感慨深かった.思えば四半世紀以上前のことである.
先生は大病院を辞し街に出て無床精神科診療所を始められた第一世代である.入院治療が中心とされていた当時は周囲の猛反対にあったという.倒産の危機を抱えながらの下町での孤軍奮闘ぶりはその著作に詳しい.市井の患者と家族の苦心や生死,貧困や誠実の逸話の数々に学生の私は魅了された.切れ味のよい基礎研究や深遠高邁な精神病理学も若者をあおるものだが,市井で堅実に,淡々と,時に暖かく時に厳しく,患者の突然死から保険請求の苦労までの日常の医療に迷い悩み,ためらいながらも逃げず隠れず街にいつづける先生の姿に,憧れると同時に何か確かで尊いもの――それはほとんど仏性に近いのかもしれない――を感じた.
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