連載 Festina lente
越境者の系譜
佐藤 裕史
1
1慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター
pp.1489
発行日 2011年8月10日
Published Date 2011/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402105338
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「日本人が米国で活躍するうえで壁は大きいか」という陳腐な質問に,俳優の渡辺謙は「それを壁と思うかどうかだろう.食べ物も習慣も違うのだから万事違って当然,それを面白いと感じることだ」と穏やかに答えていた.この手の質問や「海外流出はけしからん」というやっかみ半分の批判にはとうに辟易しているだろうのに苛立たず懇切に答えたのは,さすが世界の舞台に立つ度量だと感心した.
面倒の元だからと「よそ」の事物を遠ざける排外主義は,妬みに疑心暗鬼の混じった拝外主義と一体となって,先祖伝来の島国根性を構成する.とはいえ,日本にも内と外との境界を自在に越えて活躍する知的越境者は皆無ではない.森鷗外や南方熊楠まで遡らなくとも,たとえば留学を期に血液学を離れて「非専門の専門家」として政治,藝術,歴史,文学を論じた国際的知識人・加藤周一.オペラ,映画音楽,童謡,行進曲など膨大な作曲活動の傍ら世界中を旅し,博物学的名随筆を生涯書き続けた團伊玖磨.仏門出身で哲学を学んだ後,新聞社主として軍国主義に反旗を翻し,戦後は首相としてGHQと堂々対峙した石橋湛山.十数カ国語に通じコーランからロシア文学,古今和歌集,道元禅師,老荘思想までを縦横に論じて司馬遼太郎に「二十人の天才を一人にした」といわしめた思想史家・井筒俊彦.
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