保健婦活動—こころに残るこの1例
痴呆性老人から教えられたこと
清水 美代子
1
1兵庫県加西保健所
pp.570
発行日 1991年8月15日
Published Date 1991/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401900405
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保健婦の訪問を“待ってました”とばかりに妻が見せてくれたのは,1枚の色紙であった.「この馬のちぎり絵は,お父さん(夫)がデイサービスセンターでしたんやけど,こないして鉛筆で下絵が書いてあるのに,あっちこっちはみ出してしもうて……情けない」と愚痴る妻.そんな妻に私は「でもKさんなりに頑張って作ったんだから……」と型通りの慰めの言葉をかけようとしてその言葉を飲み込んだ.下絵からはみ出している馬に,何か彼の強い意図が感じられたからである.私はこれまでに得た断片的な情報を手繰り寄せながら,Kさんにとっての馬は何だろうかと考えた.傍にいつものように硬い表情で座しているKさんを強く意識しながら…….
Kさんは66歳,妻と2人暮らしである.わずかの年金に妻の内職代,嫁いだ娘からの援助で慎ましく生活している.しかし市会議員を2期務めたという経歴の持ち主で,3期目,出馬への願いが果たせず,その直後に脳卒中で倒れた.幸い後遺症は残さなかったが,自暴自棄の生活に浸り蒸発し,7年ぶりに再発作がきっかけで戻ってきたのである.痴呆になってやっと故郷に戻れたのである.それでも選挙に関するテレビ番組や近所の人たちには顔をそらし続けているKさんである.
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