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はじめに
2016年は台風の当たり年であり,気象庁が統計を開始して以来,2番目に多い6個が日本に上陸した.特に7・9・10・11号は8月に集中して東日本に上陸した.北海道では3個の台風によって特に道東地域が被害を受け,4名の犠牲者と2名の行方不明者が出た.台風10号では岩手県で20名の犠牲者と3名の行方不明者を出した.認知症高齢者グループホーム「楽ん楽ん」(らんらん:岩手県岩泉町)で9名の高齢者が亡くなった小本川(おもとがわ)は特に大きな被害を受けた.
この前年の2015年9月には関東と東北地方で線状降水帯により大きな被害が生じ,8名の犠牲を出した.関東地方では鬼怒川が破堤し,広範囲で浸水して常総市役所が水没した.2014年8月には西日本で豪雨が発生し,広島市の広い範囲で斜面災害が生じ,74名が亡くなっている.2017年7月の本稿の執筆時にも九州北部豪雨によって35名の犠牲者,6名の行方不明者が生じた.
上記のように,近年,豪雨による多くの被害が発生し,水災害が増えたと感じる人も多くなっている.これらの豪雨と気候変動の関係は明らかになっていないが,海面水温が上昇すると,台風はより高緯度まで勢力を保つことができ,また,多くの水蒸気を日本の内陸部に供給することも可能となるため,温暖化によって水災害が増えるといわれている.気象庁がコンピューターシミュレーション(general circulation model:GCM)によって示した将来展望では,豪雨の発生回数が増加するとともに渇水も増えることが示されている1).
温暖化を防ぐために温室効果ガスを減らす緩和策については広く論じられてきたが,Intergovernmental Panel on Climate Change(IPCC)は,緩和策だけではもはや対応することができないため,適応策も並行して施策するべきであると述べている.適応策とは,気候変動によるさまざまな変化に対して対応する政策のことをいう.水災害の適応策は従来からとられてきた防災政策となんら変わりはないが,将来への防御レベルの低下をどのように考えるかが問題となっている.適応策は大きく①撤退,②受容,③防御の3つに区分されるとされる2).リスクの高い地域の生活を諦めて移転することを撤退,水災害を受け入れつつ生活することを受容,構造物によって洪水や斜面災害を完全に防ぐことを防御という.堤防やダムの建設といった過去の日本政府の政策は防御であったが,近年の霞堤やハザードマップの導入などは受容に相当する.上記のような政策・意思決定を行うためには,適応策の投資効果を知り,また,経済損失がどの程度となるのかを把握する必要がある.
本稿では,水災害について推定被害額を示し,増加する水災害についてどのように適応するかを考察する.
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