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DESK・メモ
遠
pp.526
発行日 1964年9月15日
Published Date 1964/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401202890
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「早来迎」
京都知恩院に「早来迎」と呼ばれる阿弥陀二十五菩薩来迎図があり,国宝に指定されている。縦長な画面の左側に崖状の山塊が欝蒼と傾き,暗い山肌を尾根越えに,奔流する白雲に乗じた阿弥陀如来と二十五菩薩が逆巻く波頭の勢いでふもとの小さな草庵へなだれてゆく。庵の端近く,経机を前に寂然端坐する一人の僧を今しも浄土へ迎え摂ろうとするのであろう。僧はいかにも小さく人形のように俗をはなれ,雲と仏菩薩の一団はまぶしいまでに巨大な白光となって画面の左上から右下へ斜めにすさまじく吶喚している。「早来迎」の通称そのままで,しかも微尽も騒々しくはない。心にしみる憧れがやがて身も心もとり包み,ため息ながらに思わず合掌される。
来迎美術は日本人の見た幻覚の最も美しく独創的なものである。末期の眼が捉え得た幻として,これほど豊かに安らかな悦こびをたたえたものが他にあろうか。「山越阿弥陀」は来迎図中の特色ある発想をもつ。山々の背後から,九天に聳え千仭を照す御姿で阿弥陀如来がぬっと立たれる。末期の眼に欣求浄土の願いがはたらき,山の端を上る月をまざまざと仏引摂の御姿と幻覚したのだろう。何という幸福と安心とが絶えなん魂に満ちあふれたかはかり知れず,そのような瞬間を想像できるだけで,私もまた言いようない安心を感じ掌を合さずにおれない。
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