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DESK・メモ 10カ月
秦 恒平
pp.273
発行日 1965年5月15日
Published Date 1965/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203048
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テニスコートー面ほどの社宅の庭へ或る午さがり,見知らぬ少年が犬を引きずるようにして入ってきた。鳴きもせず,犬はずるずると横転しながら引っぱられていた。庭の真中に名ばかりだが砂場がある。少年はそこに犬を残して,行ってしまった。「おや」と思ったそうだ。管理人を呼んで出てみると,犬は屍だった。少年は確かに見なれぬ顔だった。よほど遠くから引きずって来たか屍体はいたく汚れていた。
妻から聞いたことである。怖いように何かの抜け落ちたはなしだった。この事件を想い出しながら,似たような不快に苛まれつづけている。それは犬ではないが通勤の路上にもう五日も放置された鼠の屍だ。人通りのない野原道ではない。明らかに自動車にやられたらしい死にざまで,武蔵野ではこんなふうに地鼠が死んでいることはそう珍しくはない。だが,避けることのならない細い一本道ではあまり見掛けず,バス道路での方が多かった。それと分れば遠く避けることもできた。
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