醫藥随想
農村醫學研究所設置の必要性—田舍村長たる一醫學徒の述懷と願い
松浦 利次
pp.84-85
発行日 1951年8月15日
Published Date 1951/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200902
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田舍で義務教育を終えたあと,永い間都會の生態の中で修業し,若い軍醫達と應召の日を暮し,敗戰のみじめな氣持を抱いて,愛する郷土の醫師としての鞄を開いた自分が,第一に目をみはつておどろいた事は,小學校時代の同級生が,なんとマア老いこんでいるかということであつた。
この土地で病むものがある。苦しさに堪えかねて醫師の門を叩く。病人は柔順に醫師の示すところに從つて養生し,一日も早く健康を恢復したいと努力する。けれども病人は,病氣とたたかう前に貧乏とたゝかわなければならない。親子兄弟姉妹嫁姑等の古い家族制度のしがらみと,たゝかわなければならない。近隣のいわゆる,ぜいたく病だという白眼とたゝかわなければならない。衣食住を縛つている冷い煩さな田舍獨得の零圍氣と,たゝかわなければならない。ここでは一般的にいつて「病氣」とは,科學に於ける醫學上の問題ではなくて,封建的な雰圍氣における「うめき」であり,「治療」とは「肉體のとげ」を麻痺させること丈を意味する。「おかげ樣でよくなりました」といつて治療を中斷するけれども,醫師の目からみる時,彼等の中には懸念すべき,第二,第三の病氣が準備されている。しかし次の「うめき」がおしよせるまで,何等手の施し樣もなく,その周圍には,これを守るべき何の手もうたれていないのが現状である。
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