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はじめに
2011年8月31日の朝日新聞に「原子力委員会は8月30日,福島第一原発の事故を受けて中断していた『原子力政策大綱』の見直し作業を再開することを決めた」との記事が掲載された.
平成17(2005)年10月に発表された『原子力政策大綱』には,原子力エネルギーの研究,開発および利用の推進はもとより,放射線利用についても「放射線利用技術は,国民生活の向上に大きく貢献しており,今後も,安全第一を旨として技術開発を行うべきである」と記述されている.特に,“食品照射”について,「食品照射のように放射線利用技術が活用できる分野において,社会への技術情報の提供や理解活動の不足等のため,なお活用が十分に進められていないことが課題である」,「食品照射については,国,研究者,生産者,消費者等が科学的な根拠に基づいて,具体的な取組の便益とリスクについて相互理解を深めていくことが必要である」,「既に多くの国で食品照射の実績のある食品については,関係者(行政機関)が科学的データ等により科学的合理性を評価し,それに基づく措置が講じられることが重要である」と明記されている.つまり,研究者,生産者,消費者等に対して,食品照射に関する理解を求める活動を促し,行政機関に対して,食品照射の法規制緩和の可否の判断を迫ったのである.
上記の評価と提言に応じて,原子力委員会は“食品照射専門部会”を設置した[平成17(2005)年12月].そして,食品照射専門部会は10回の会議,3回の「ご意見を聞く会」および1か月間にわたる「意見募集」を参考にして,平成18(2006)年9月に「食品への放射線照射について」と題する報告書を原子力委員会に提出した.この報告書は,次の3点を主軸としてまとめられている.①食品照射は,食品の衛生確保および損耗防止技術の選択肢の1つである.②有用性が認められる食品への放射線照射は,その妥当性を判断するため,食品衛生法および食品安全基本法に基づく検討・評価を進めることが望ましい.③食品照射の社会受容性が重要で,関係行政機関,研究者,事業者など関係者と国民との相互理解を一層深めることが必要である.
本文37頁からなる『食品照射専門部会報告書』は,平成18(2006)年10月に開催された原子力委員会において,「本報告書は,食品照射を巡る内外の現状を把握した上で,食品照射の有用性,照射食品の健全性の見通し,食品照射を巡る他の課題について整理し,これらを踏まえて,わが国における食品照射に関する今後の取り組みについての考え方を示している.当委員会は,その考え方を尊重すべきものであると評価する」との意見を添えて,正式に受理された.そして,引き続き本報告書の取り扱いおよびその内容等への取り組みについて審議され,厚生労働省,農林水産省,文部科学省等への行政機関ならびに研究者,事業者等が取り組むことを期待する事項を定め,また,原子力委員会としても,本報告書の考え方を踏まえ,国民との相互理解の充実に努めると共に,関係行政機関等の当該取り組みの状況を把握し,それに基づいて必要な対応を図ることを決定した.
『原子力政策大綱』と『食品照射専門部会報告書』の公表によって,一時的には,関係行政機関に取り組みの姿勢が見られた.しかし,目に見える具体例としては,照射ジャガイモへの表示の徹底(農林水産省)および照射食品の公定検知法の決定とそれによる輸入食品の監視・取締の強化(厚生労働省)のみであり,全日本スパイス協会が平成12(2000)年12月に厚生労働省宛てに提出した「香辛料の微生物汚染の低減化を目的とする放射線照射の許可の要請」は棚上げの状態が続き,食品照射の法規制緩和に向けての具体的な動きはほとんど見えない状態が続いていた.
このような状況のもと,平成21(2009)年10月に開催された原子力委員会において,「政策大綱に示されている政策の進展状況および関係行政機関等の取り組み状況を把握し,十分に成果を上げているか,あるいは政策の目標を達成し得る見通しがあるかを検討し,これらの検討作業に基づき,原子力政策大綱に示された原子力政策の妥当性を評価する」ことが決定され,その見直し作業が始められた.“食品照射”も見直しの対象として多くの意見が述べられている.原子力委員会の議事録からは,「原子力政策大綱には,この技術が国民の福祉の観点から合理的な選択肢であるので,関連省庁は検討してほしい」,「世界各国では世界保健機関(WHO)の基準で許可されているのに,どこがまずいのでしょうか」等々の意見が述べられ,食品照射の法規制緩和を進めることの必要性が論議されていることが窺え,見直しの結果の公表に大きな期待が寄せられていた.ところが,この度の予期せぬ原発事故により,見直し作業が一時中断された.
以上が,本稿冒頭に引用した新聞記事の見直し作業再開に至るまでの過程であり,また,食品照射を巡るわが国の現状でもある.
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