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はじめに―絶望からの解放
業務分担制が一般化して,分掌を尋ねると,「精神担当です」と答える保健師たちがいます.ただ,この「精神」が何を指すのか,精神障害者,精神病患者への対応なのか,「こころの相談」窓口や,メンタルヘルス一般まで広く含んでいるのか,背景にある社会的な病理の解明や対策まで手を伸ばすのか,よくわかりませんでした.そこへ近年の「自殺予防」事業が,精神担当の元におろされてきて,ますますわかり辛い分野になってきたように思います.国から県の精神保健福祉部門を通じ市町村におりて,この事業が自殺=心の病(精神保健)=心の健康づくり,のような流れで進むのではという疑念が加わりました.
精神患者の対策として,長期入院患者の在宅復帰支援事業に積極的な取り組みが始まっています.実際には,たとえ本人が望んでも,受け入れには大変な困難が待ち受けているはずです.この事業に取り組むだけでも,精神患者たちがいかに実社会から疎外され差別されて生きてきたか,施設隔離がどれほど彼らの人権や自由を奪ってきたか,思い知らされるはずです.そこから本当の精神患者・精神障害者の対策が始まるのだと思います.
『自殺対策基本法』(平成18年6月)第1条(目的)には,自殺対策の基本理念を定め,国や自治体等の責務を明らかにし,〈自殺対策を総合的に推進して,自殺の防止を図り,併せて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り,もって国民が健康で生きがいをもって暮らすことのできる社会の実現に寄与すること〉,第2条(基本理念)には,自殺対策では,自殺を単に個人的な問題としてみるべきでなく,〈背景に様々な社会的な要因のあることを踏まえ,社会的取り組みとすべきこと,それ故,単に精神保健的観点からのみならず,自殺の実態に即して実施されなければならない〉と定めました.それなのになぜか,国の自殺予防の専門家たちはこんなことを言っています.
〈自殺対策においては,「修正可能な危険因子」を減らす,「保護因子」を増やす,という意識をもつことが重要といえます(重大な危険因子は精神疾患,しかしこれは「修正可能」な因子でもある)〉(『公衆衛生情報』2008.3.特集「自殺を防ぐ」竹島正・国立自殺予防総合対策センター長).また,同特集には「医療面のシステム整備が今後の課題,行政は費用対効果のある対策の予算化を」として,〈自殺未遂者を救急から精神科へ紹介して入院させ,心のケアを提供することを保険点数化するといった政策誘導が重要〉(本橋豊・秋田大学公衆衛生学教授)も.しかし「自殺・自死」の原因は精神疾患だけではないわけで,自殺予防=精神医療・精神保健の関心が強くなりすぎると,「自殺」の実態から目をそらすばかりか,本来の「精神対策」の主目標さえ混乱させていないか心配です.
今回はその「精神」の現場を勉強させてもらいたいと思いました.取材の協力をお願いした谷聡子高知県障害保健福祉課課長補佐(50)を案内人(写真1)に,協力は脇節子看護部長のいる土佐病院,患者家族会,そして須崎保健所管内,津野町,四万十町,中土佐町の保健師さんたち(以下敬称略)です.現地取材は2008年9月20~22日の3日間行いました.
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