特集 健康危機管理
健康危機発生時の行政対応―医療側からの要望
③水害と震災を経験して
内藤 万砂文
1
1長岡赤十字病院救命救急センター
pp.199-202
発行日 2006年3月1日
Published Date 2006/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401100259
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2004年,新潟県は2回の自然災害に見舞われた.7月13日の新潟豪雨災害と,10月23日の新潟県中越地震である.長岡市はいずれの災害でも被災地となった.長岡赤十字病院は,中越地方で最大規模の基幹病院で,新潟県の基幹災害医療センターにも指定されている.そのため,災害時には傷病者受け入れと医療救護班の派遣が重要な責務であり,豪雨災害で2週間,地震で2か月間の医療救護活動を行った.このときの活動と行政との関わりを報告するとともに,災害時における行政に対する要望を述べる.
「7.13新潟豪雨災害」での救護活動
「7.13新潟豪雨災害」では,中之島町(現長岡市),三条市,見附市と長岡市が被災した.人的被害は死者15名,家屋被害は床上浸水2,178棟,床下浸水6,117棟という大規模災害となった1).私たちは長岡市と中之島町に救護班として出動した.7月13日の23時に長岡市からの出動要請があった.「ある避難所が水没孤立しており,寝たきりや心臓病の高齢者がいるので,医療救護班を派遣してもらいたい」というものであった.ただちに出動したが,避難所周辺はまるで湖のようになっており,近づける状況になかった.消防職員が首まで水につかり,救護班を中に運び入れてくれた.深夜にもかかわらず,避難者の多くは眠っていなかった.幸い,治療を要する人はいなかったが,「よくぞ来てくれた.ご苦労様」と大変感謝された.他の避難所も巡回しようと考え,行政対策本部に問い合わせたが,「要請がないので不要」との返答であった.別の避難所へ移動することになった住民とともに,自衛隊の大型ボートで未明に引き上げた.
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