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今から30年近く前,米国フィラデルフィアにあるJefferson医科大学のKimmel Cancer Centerで研究する機会をいただきました。当時は,のちにノーベル賞を受賞したLinda B. Buck先生とRichard Axel先生が「嗅覚受容体がGタンパク質共役受容体の一種である」ことを見出したばかりで,嗅覚の分子機構が一躍注目を浴びていた時期だったこともあり,私に与えられた課題は「嗅覚神経芽細胞腫を成長因子で誘導し,嗅神経細胞に分化させる」というものでした。今から思えば随分と荒唐無稽な発想でしたが,この研究がきっかけとなり,長年にわたり嗅神経細胞の分化と再生に関する研究に取り組むことになりました。
もう一つ,研究室を挙げてのテーマ「甲状腺乳頭癌の発がん機構解明」にもかかわりました。RET遺伝子は神経栄養因子GDNFに対する受容体型チロシンキナーゼで,遺伝子変異により多発性内分泌症や髄様癌の原因となることはよく知られていますが,1990年代,甲状腺乳頭癌に,RETと他の遺伝子が融合してできたRET融合遺伝子が,しばしば認められることが相次いで報告されました。そこで,RET融合遺伝子を甲状腺の濾胞細胞内で特異的に発現するtransgenicマウスを作成したところ,期待通り甲状腺内に乳頭癌が発生し,RET融合遺伝子が乳頭癌の発がんに関与していることを示すことができました。当時は,まさか,自分のかかわった研究成果が実臨床に役立つ日が来るとは夢にも思いませんでしたが,あれから30年,現在ではRET融合遺伝子を標的としたRET阻害薬レットヴィモ®が本邦でも承認され,臨床の現場で使えるようになりました。

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