巻頭言
懐の深い医師
吉村 芳弘
1
1熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センター
pp.333
発行日 2025年4月10日
Published Date 2025/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.038698220530040333
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「訴えを取り下げます」.熊本地裁101号法廷で,千場弁護団長は落ち着いた口調でその言葉を絞り出した.1995年10月15日,水俣病全国連による長く辛い裁判闘争が,ついに終結を迎えた瞬間だった.原告席で目を閉じ,硬い椅子に深く腰掛けて裁判の結審を見守った副団長の山下にとって,人生の大きな節目となる日だった.その直後,村山富一首相(当時)が,水俣病の原因究明と企業への対応の遅れを日本国の首相として初めて国民に謝罪した.歴史が動いた瞬間だった.
山下は酒を愛していた.焼酎をウイスキーで割って飲むほどの酒豪で,私が遊びに行くといつも赤ら顔で裁判の昔話を語ってくれた.話し始めると夜遅くまで続き,深夜になることもあった.私が酒をあまり飲めないことを知ってか知らずか,彼は強烈な香りの酒をグラスに溢れるほど注ぎ,いつも嬉しそうに私の前に並べてくれた.そんな酒豪が倒れたのは,裁判が終わって2年後の初夏だった.脳出血だった.
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