Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
大脳の飲食物認知の嗅覚モデルや味覚モデルの多くは,これまでフィードフォワード経路にのみ焦点を当てていた。本稿では「哺乳類の大脳は,自分の呼吸の吸息相を使ってフィードフォワード嗅覚経路により外界の匂い情報をプロセスするだけでなく,直後の意図的呼息相を使ってトップダウン経路により多感覚連合認知の記憶イメージを統合する」という新しい視点を紹介する。大脳皮質神経回路の呼吸サイクルに合わせた2段階の発火活動により,対象物の匂い情報を多感覚認知イメージ記憶と結びつける連合学習とその記憶想起が可能になる。更に意図的呼吸サイクルは「現在の外界の感覚情報をプロセスし,過去の経験により蓄えた認知イメージ記憶を想起し,未来の出来事を予測して準備行動をする」という一連の大脳皮質活動を順序よくつなぐための基本的な時間軸を提供すると考えられる。これらの基礎知識を基に,飲食物の認知学習を可能にする大脳神経回路の意図的呼吸サイクルと合わせた作動メカニズムを展望する。
大脳の最も重要な働きの一つは「自分や外界の現在の状況を認知して必要な記憶を想起し,次にどのような行動をすればよいか柔軟に考えること」である。例えば,ヒトや動物が空腹時に自発的に行う摂食行動は,様々な飲食物を探して見つけ手に取り,色や形や匂いの感覚情報をプロセスして過去の食経験による記憶と照合し,食べられるかどうかの判断を飲食物ごとにする“食前評価シーン”から始まる。飲食物を口に入れた後は,咀嚼して味や香りや舌ざわりの感覚情報をチェックして記憶と照合し,嚥下すべきか吐き出すべきかの判断をする“口中評価シーン”が続く。嚥下後は,飲食物の喉越し感や咽頭部に残る飲食物断片からの香りや消化器からの感覚情報を基に飲食物の総合評価を行い,記憶に残すと共に“おいしい”などの情動表現をする“嚥下後評価シーン”に至る1)。大脳皮質の神経ネットワークは“食前評価シーン”,“口中評価シーン”および“嚥下後評価シーン”のそれぞれを適切に遂行するために重要であるだけでなく,“食前評価シーン”→“口中評価シーン”→“嚥下後評価シーン”と続くシーン展開を考えながら報酬獲得に向かって意図的に摂食行動をコントロールする主役でもある。大脳皮質のどの領野のどの神経回路のどのような働きが,飲食物の感覚情報を基に摂食行動のシーン展開をコントロールするのだろうか。本稿では“食前評価シーン”での嗅皮質や高次の多感覚認知皮質の働きを中心にして意図的呼吸サイクルと合わせた匂い情報プロセシング,記憶想起,飲食物認知,および摂食行動判断について解説する。

Copyright © 2025, THE ICHIRO KANEHARA FOUNDATION. All rights reserved.